オリーブの木の下で
B
こうなったらもうお手上げ。
大人しそうな顔をして、莉子は相当頑固な一面を持っている。一度やると決めたら、もう決して迷ったりしないのだ。
「……」
注射を打たれるところを想像して、一瞬で全身の毛が逆立つ。
ああ、どうしよう。緊張と不安でドキドキする。
「大丈夫、ココ?」
心配そうに私の顔を覗き込む莉子に答える余裕すらない。
やっぱり何度経験しても、注射と病院は苦手なのよね。
汗ばむ肉球にぐっと力を入れて、私は覚悟を決めて莉子に言った。
「よし、行くわよ」
――と、その時だった。
病院の入り口のドアが開いて、中から水沢先生が出てきたのだ。
「莉子さん、ココちゃん、ごめんね。ちょっとだけ待っていてくれるかな?」
白衣に銀縁眼鏡のよく似合う好青年。この人が私の主治医、水沢晴史(みずさわはるひと)先生。ちょっとばかり変わり者でとぼけているけれど、この動物病院の院長だったりする。
「構いませんけど?」
「すみません。実は今インコの患畜さんが来てるんです」
不思議そうに首を傾げる莉子に両手を合わせながら、水沢先生は珍しく早口で事情を説明してくる。きっと先客を待たせているのと、私たちを待たせなきゃならないのとで相当焦っているんだね。
「あ、じゃあ、後にしましょうか?」
「いや、診察は終わったんです。後はお薬を出すだけなんで、インコさんには別室に移ってもらいますから。三分くらい経ったら中に入ってきてください」
そう言うと、慌てて病院内に戻って行く。
水沢先生の後ろ姿を見送りながら、私と莉子はぼんやりと顔を見合わせた。
「別に一緒でも平気なのに」
「ココはよくても、あっちはそうはいかないでしょ。鳥にとって猫は天敵だもの。インコさん、きっと怖がるわ」
「怖くないもん。私は雉さんや雀さんとも仲良しなんだから」
私はフーフーと鼻を鳴らした。
あーあ。出来るなら、そのインコとも友達になりたかったな。ほら、『袖触り合うも多生の縁』って言うじゃない。同じ動物病院に通っているのも何かの縁よね。
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