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オリーブの木の下で
A
 そして、何度目かのため息。
 (いったいここはどこなの?)
 途方に暮れたように辺りを見回すが、まったく見覚えがない。
 顔を上げて鼻を動かしてみても、我が家の匂いも飼い主の匂いも感じられない。ただ湿った雨の匂いがするだけ。
 猫は完全に迷子になってしまったのだった。
 それでも何とか家に帰ろうとして、あちこち歩き回ってみたけれど、結局は無駄な努力だった。
 家の中と庭しか知らない猫にとって、一歩外に出れば、そこはまったく未知の世界だ。ましてやここに辿り着くまで、猫は完全なパニック状態になっていたせいで、どうやってここまで来たのかさえ分からない。
 ふらふらとさ迷ううちに、とうとう雨まで降り出してしまった。

 (莉子(りこ)もみんなも、きっと今ごろ、ものすごく心配しているんだろうな)
 猫はそう思って泣きたくなった。
 本当なら、今ごろ飼い主と一緒に、炬燵でぬくぬくと丸まっていられただろうに。なんで自分はこんなところにいるんだろう。
 そして、また考えは堂々巡りする。
 そんなことをしていても埒があかないのは分かっているけれど、何かに集中していないとくじけそうになってしまう。

 とにかく、雨が止むのを待って、何とかして家に帰らなければ。
 猫はそう考えて、じっと空を睨んだ。
大粒の雨が、猫のいる橋の下まで遠慮なく吹き込んでくる。
 猫は二、三歩うしろに後ずさると、また大きなため息をついた。
 「いい加減に止んでよ、雨」
 そう言ったとたん、寒さにブルブルッと全身を震わせる。
 しかたなく猫はその場にうずくまると、体を丸めて寒さをしのぐことにした。

 真っ白な毛皮は泥水に濡れてすっかり汚れてしまったが、しっかりと手足を密着させるといくらかあたたかく感じられた。そのあたたかさに、飼い主の手のぬくもりを思い出す。
 いつもいつも自分を包んで守ってくれる優しい腕。
 今すぐ家に帰って、あの腕に抱っこしてもらいたい。そして、いつものように名前を呼んでもらいたい。
 猫はそう思って、くすんと鼻を鳴らした。
 「こんなに汚しちゃって、莉子、怒るだろうな……」
 つぶやきながら、いつの間にか猫は眠ってしまった。


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あきゅろす。
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