オリーブの木の下で
D
目を覚ますと、そこは見たことのないお家の中だった。
いくら私の目がぼんやりとしか見えなくても、さっきまで自分がいたお家とは違うということは分かる。何より、ここにはママの匂いも、そのほかの猫の匂いもまったくしなかった。
そのかわり、お家の中だというのにたくさんの緑の匂いがする。今までに嗅いだこともないような不思議な爽やかな香り。
「ここ、どこ?」
不思議そうにあたりを見回していると、ガラスを叩くような音が聞こえた。
「さあ、おチビちゃん。いっぱい鳴いてお腹が空いたでしょ?とりあえずご飯を食べようね」
その声に促されて、私は恐る恐る音のほうへ近づいた。
近くまで行くとやっと音の正体が分かった。猫のイラストが描いてある器を、銀色のスプーンで叩いているのだ。
ふんふんと鼻を動かすと、なんだかとても美味しそうな匂いがした。
「離乳食なんて食べられるかな?もしかして、仔猫用の粉ミルクと哺乳瓶を用意したほうが良かった?」
私は匂いの元に辿り着くと、ゆっくりとそれに顔を近づけた。途端に激しい空腹感に襲われて、私は夢中でその『リニュウショク』とやらを食べ始めた。
「ゥンニャンニャニャワンニャニャ……」
――美味しいよ。美味しいよ。
私は夢中でご飯を食べた。
女の人の言ったことは正しかった。私のお腹は死にそうなくらいペコペコだったのだ。
「あなたに名前をつけなくちゃね」
食事の後、お姉さんの膝の上で満足そうに丸まる私に、お姉さんがそう言った。
「チビちゃんじゃ、いくらなんでも単純すぎだし」
お姉さんは考えながら、私の体を優しく撫でてくれる。まるでママに舐めてもらってるみたいだ。
(ママ……)
思わずママの温もりを思い出して、私はお姉さんにすり寄った。
トクトクトクトク……。
ママの心臓の音とよく似たリズムが聞こえてきた。
「桃ちゃん、でもないし。ポプリも今いちかなぁ」
お姉さんは私の顔を見ながら、何やら真剣に悩んでいる。
名前なんて何だって構わないのに、人間って妙なところにこだわるんだね。
私はお姉さんの心臓の音を聞きながら、ぼんやりとそんなことを考える。
[前へ][次へ]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!