オリーブの木の下で
B
「そんな――、あんまりじゃありませんか!」
聞き慣れない女の人の声。
「そうはいっても、うちだってそんなに何匹も飼えるわけじゃないし」
こっちは分かる。この家のおじさんの声だ。
「だったら避妊手術をしたらどうなんですか?」
「猫に避妊手術?馬鹿馬鹿しい。いったいいくらかかると思っているんだ」
「でも、無責任に産ませておいて、挙句に生まれたばかりの仔猫を捨ててしまうなんてあんまりです。たった三日しか生きられなかったなんて、そんなの可哀そう過ぎます」
女の人の声はそこで詰まったように途絶えてしまった。
おじさんの大きなため息が聞こえる。
「とにかく、白い仔猫を一匹だけ残してあるから。もしあんたが要らないって言うなら、仕方ないからそいつも川に捨ててくるよ」
「やめてください!!」
女の人が悲鳴のような声を上げる。
「その子は、私が責任を持って育てます。今日このまま連れて帰らせていただきますから」
おじさんの口からはまた盛大なため息。
私はなんだか怖くなって、ママの大きな体にしがみついた。
すると、
「大丈夫よ、チビ。大丈夫」
そう言うママの声は、でもどこか寂しそう。私はますます不安になって、ママのふわふわの毛皮にぴったりと体を寄せた。
「ママ」
トクトクトクトク……。
ママの心臓の音が聞こえてきて、その音を聞いているうちに、私は少しずつ落ち着いてきた。
「大丈夫。何も心配しなくていいの」
ママはそう言いながら、私の頭や耳を優しく舐めてくれる。私はそれですっかり安心して、いつのまにかうとうととしてしまった。
ママのお腹にもたれてすっかり気持ちよく眠っていた私の体を、突然大きな五本の指が掬い上げた。
その途端、ママのあたたかい温もりが消えてしまう。
「ママ!ママ!!」
私は手足をばたつかせながら大声を出した。
けれどおじさんの手は容赦なく私を掴み、ママからどんどん遠ざかってしまう。
[前へ][次へ]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!