オリーブの木の下で
D
そんな莉子に、なおも高明お兄さんが何か言おうとすると、
「……高明、お前、こんなところで何やってんの?」
フェンス越しに声をかけてきたのは、私の主治医である水沢先生だった。
「あれ、ハル?来るのが早くない?」
「水沢先生?どうしてここに?」
高明お兄さんと莉子の声が重なる。水沢先生はかすかに苦笑すると、
「高明とは大学時代からの友人なんです。高明に招ばれて来てみたら、家がもぬけの殻だったので、散歩がてらこいつを探していたんですよ」
そう莉子に説明した。
そのとき、私は水沢先生の後ろにいる塊に気がついた。
先生の足元のあたりに、何か黒っぽい毛玉みたいなものが見え隠れしている。いったい何だろう。
「ニャオン(莉子、あれ)」
私が顎でその毛玉のようなものを指し示すと、
「あら」
莉子が途端に顔を輝かせた。
あ、なんか嫌な予感。
案の定、莉子は突然立ち上がると、乱暴に門を開けて先生の足元にかがみ込んだ。そんな莉子を見て、先生は呆気にとられたように目を見開く。
「こんにちは、ワンちゃん」
あ、駄目だ。莉子の顔、相当崩れちゃってる。
「ロットワイラーですよね?触らせてもらってもいいですか?」
「え?あ、ああ、はい」
きらきらと瞳を輝かせて先生を見上げた莉子に、先生はますます目を丸くしてしまう。でも今の莉子に、きっと先生の反応なんてどうでもいいんだと思う。
「可愛い!」
莉子はそう言いながら、仔犬の頭から背中を撫で回す。
仔犬は最初こそビクビクしていたものの、莉子の犬ツボマッサージにすっかり気持ちよくなってしまったらしい。ほとんど無いような短いしっぽを振りながら、しきりに莉子の手を舐めている。
莉子ははしゃぎながら仔犬をかまっている。
まあ、仔犬といっても、私よりも大きな図体のもっさりした可愛くない顔をしているんだけどね。
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