オリーブの木の下で
A
私の名前はココ。
漢字という文字を使うと『湖子』と書くらしいが、猫の私にそんなものは必要ない。
そう。私は猫なのだ。
全身が真っ白で、なぜか両手の先っぽと鼻の両脇にあるぽっち――小さなお豆みたいな模様だけが茶色く色づいている仔猫。(まるで手袋とチョビひげみたいだってよく笑われるんだけど、自分ではチャームポイントだと思っている)
私は、ここからずっと遠く離れたある街のあるお家で、五人兄弟の末っ子として生まれた。
私のママは白い毛並みに黒トラのぶち模様が絶妙なバランスで入った、それはそれは美しいメス猫だ。若い頃は「小町猫」と呼ばれて、近隣のオス猫たちの憧れと話題をさらっていたと言う。
ママが産んだほかの四匹、つまり私の兄弟は、生まれてすぐにその家のおじさんがどこかへ持って行ってしまった。
「ねえ、ママ。ほかの子たちはどうしたの?」
そう尋ねる私に、ママは何も言わず、ただ私の体をペロペロと舐(な)めてくれた。
私はその時、ママが泣いているのかと思った。
生まれて三日しか経っていない私はまだ目も開いていなくて、ママの顔はまったく見えていなかったけれど、それでも気配でママが泣いているように感じた。
「ママ?」
不安そうに首を傾げる私に、
「大丈夫。……大丈夫よ」
ママはそう言って、ひたすら私のおでこを舐めていた。
私は、ママの愛情とおっぱいを独り占めにして、元気いっぱいにすくすくと育っていた。
ママは一人っ子になってしまった私に惜しみなくすべてを与えてくれた。
私はとても幸せだった。
いなくなってしまった兄弟たちのことは、ときどき頭を掠める程度にしか思い出さなくなっていた。
そして、ママと二人きりの幸せな生活に私がすっかり慣れ親しんだ頃、それは唐突に終わりを告げた。
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