猫目堂
約束の風@
約束の風
2nd ―ダンデライオン―
もうすぐだ。
僕は空を見上げる。
暖かい陽射しが僕の鼻の頭をくすぐる。春の匂いがする。君の匂いがする。
風に乗って運ばれてくるのは、君と歩いた土手の草の匂い。
毎年この匂いを嗅ぐたびに、僕は君との約束を思い出す。大好きな君との約束を。
ねえ。君は今も僕を見てくれているのかな?僕の声は君に届いているのかな?
――大丈夫。ちゃんと見てるよ。ちゃんと届いてるよ。
春風に乗って、君の声が聞こえた気がした。
ああ、そうだね。君が僕との約束を忘れるわけがない。そんなこと当たり前だよね。
だから僕は、今日もまた一生懸命がんばるよ。
大好きな君。いつも笑顔でいておくれ。
遠く離れてしまっても、僕たちはいつも一緒。君と僕、いつも心は側にいる。
そしていつか、もう一度君に出会える日を、僕は楽しみにしているよ。その日まで、僕は生きることをあきらめないよ。前へ前へ歩いていくよ。
大好きな君。だから、笑って―――
家の中から一人の女の人が出てくる。
最近すっかり年老いて元気のなくなった愛犬のために、さまざまな工夫をこらした餌を持って。愛犬の名前を呼びながら、ゆっくりと犬小屋に近づいていく。
「ティオー、ご飯よ」
そう声をかけるのだが返事はない。しかしそのことにはもう慣れっこだ。
高齢のため耳が遠くなってしまった愛犬には、彼女の呼ぶ声が聞こえないのだ。
「ティーオ。ご飯持ってきたわよ」
声をかけながら、女性は犬小屋の屋根を指先で軽く叩く。これがおなじみの愛犬への合図。
だが――。
「ティオ?」
女の人はもう一度だけ屋根を叩く。だがやはり何の反応もない。
不審そうに犬小屋の中を覗きこむ。
大きなムク犬がころりと丸まって寝ている。
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