猫目堂
A
「……ここ、どこ?」
少女は目の前に広がる風景に唖然とした。
少女が立っていたのは、見たこともない小さなバス停で、周りはまるきり山の中。ビルも、お店も、民家の一つも見当たらない。
少女が住む場所とあまりにもかけ離れているその景色に、少女はただただ呆然と立ち尽くしていた。
「え?ちょっと待って……」
少女は必死に考えを巡らせた。
今朝、ぎりぎりに目を覚まして、慌てて身支度をしながら階下に降りていくと、すでに父親の姿はなく、
「たまには朝ご飯ぐらいちゃんと食べなさい」
という母親のかわり映えのしない小言を聞きながら、急いで玄関を飛び出した。
自転車に鍵をさして、最初の角を曲がったところで、ポケットから携帯電話を取り出す。少女の予想通り、深夜のうちにメールが何件か届いていた。少し鬱陶しく思いながらも、自転車をこぎながら、それらに返信メールを打っていく。
その何もかもが普段とまったく変わらない。
あまりにも毎日毎日同じことの繰り返しなので、特別意識しなくても滞りなく順番にこなしていけるほど、ありふれた日常茶飯事。
それなのに、どうして今、自分はこんなところにいるんだろう?
少女は何度も首を傾げて、途方に暮れたように辺りを見回した。
やはり何度見ても、いま自分がいるのは正真正銘立派な山奥で、どうにも見覚えのない場所だ。片手に握ったままだった携帯の画面には、思い切り『圏外』と表示されている。
「ヤバイよ。まるきり遅刻じゃん」
そんなつぶやきさえ空しくなるほど、本当に人の気配などまるでない。それどころか、動物や鳥の声さえしない。
少女は少し心細くなりながら、バス停の時刻表を見つめた。
しかし、
「そもそも、どこ行きのバスに乗ったらいいのか分かんないよ」
あっさりと匙を投げると、少女は小さな木のベンチに腰掛けた。唇から盛大なため息がもれる。
そのまま何気なく視線を走らせると、林の向こうにレンガ造りの壁のようなものが見える。
よくよく目を凝らしてみると、やはり小さな建物があるらしかった。
「もしかして、誰かいるの?」
少女はふらふらと立ち上がると、藁にもすがるような気持ちで、その建物のほうへ向かって歩き始めた。
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