猫目堂
D
「ずいぶん古そうなオルゴオルだね、ラエル」
金髪の店員が手に小さな木の箱を持ち、老紳士に見せている。
「音が出ないのかな?」
老紳士の言うように、そのオルゴオルはポロン…と最初にひとつ音を立てたきり、その後のメロディーが続かない。
「これは預かり物なんだ。ある人がずっと大切にしていたんだけど、残念ながら壊れてしまってね。修理できないかと思ったんだけど、あいにくいい職人が見つからなくて」
ラエルの言葉に、彼は思わず腰を浮かせた。
「あの、僕でよければちょっと見てみましょうか?」
彼の申し出に、ラエルは振り返るとニコッと笑った。そして、
「お願いできますか?」
彼の手にそのオルゴオルを渡した。
彼はまじまじとオルゴオルを眺めると、蓋を開けて中を確認した。
「ああ、これなら大丈夫。すぐに直せますよ」
「そうですか」
「ええ。少しの間あずかってもいいですか?ちゃんと直して、こちらへお持ちしますよ」
彼の言葉に、ラエルは満面の笑みを浮かべる。
「ありがとう、助かります」
「いえ」
ラエルの美しい笑顔に、彼もつられたようにほほ笑み返す。
「それにしてもずいぶん古いオルゴオルですね。よほど大切なものなんでしょうね」
感心したように彼が言うと、ラエルはにっこりと頷いた。
「ええ。持ち主の方が息子さんから贈られたものだそうです。なんでもその息子さんが初めて作られたオルゴオルだとかで、ずっと大切にしていたそうですよ」
ラエルの説明に、彼は不思議そうに首をかしげた。
「へえ、そうなんですか。そう言えば僕も昔、父にオルゴオルをプレゼントした事がありました。まるきり子供の工作で、不出来なものでしたけれど……」
「そうですか。でも、お父様は喜ばれたでしょう?」
そう訊かれて、彼は一瞬だけ考え込む。薄れかけた記憶を必死に手繰り寄せた。
「はい。とても喜んでくれました」
彼は言った。
「『お前には才能がある』なんて言って…。親馬鹿なだけなんですけど、父がそう言ってくれたのがとても嬉しくてね。それでオルゴオル職人になろうと決めたんですよ」
「そうですか」
「ええ。でも、そんなことずっと忘れてました。今まで思い出しもしませんでしたよ」
彼の話に、ラエルも老紳士も黒髪の店員――カイトも、ただ静かに耳を傾けている。
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