猫目堂 H ひと月後。 絵梨香は奇跡的な回復を見せ、無事に退院した。 まだ多少のリハビリは必要だが、日常生活にはさして支障はない。もう少ししたら、またもとのように高校にも通うことになっている。 両親や友達が、せいいっぱい絵梨香を手助けしてくれている。 絵梨香には、何一つ不安などなかった。 そして――― 「都子ちゃん、会いに来たよ」 両親に付き添ってもらって、絵梨香は都子のもとを訪れていた。 小学校まで住んでいた街。その一番高い、丘の上にある見晴らしのいい場所に都子はいた。 「都子ちゃん……」 絵梨香はそっと、都子のくれたテディベアを抱き締めた。それから、目の前に刻まれた文字をしみじみと眺めた。 そこにあるのは、都子の名前と三年ほど前の日付け。 「都子ちゃん……」 絵梨香はつぶやき、都子の大好きだったスズランの花束を、そっと都子のお墓の前に置いた。 「都子ちゃん、ありがとう」 そう言って、絵梨香はふわりとほほ笑んだ。 それから絵梨香はゆっくりと立ち上がると、両親に支えられながら歩き出した。 だが、ふいに携帯電話の着信音が鳴り、絵梨香は立ち止まると、慌ててポケットから携帯を取り出した。 「メール…?『nekomedou』って、いったい誰からだろう?」 不思議そうに絵梨香がメールを開き、液晶画面を見つめると、そこには――― 『がんばれ、絵梨香ちゃん。 次に会うのは百年後くらいかな?(笑) 都子』 「都子ちゃん…」 絵梨香は一瞬大きく目を見開き、それから、 「いくら何でも、そんなに長生きできないよ」 そう言って、絵梨香は満面の笑顔で晴れた空を見上げた。 その視線の先に、テディベアの形をした白い雲がゆったりと浮かんでいた。 《おしまい》 [前へ][次へ] [戻る] |