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猫目堂
E
 「離れてしまってからも、お父さんはいつだってお前の傍にいたんだよ。お前が悲しい時は一緒に泣き、お前が悩んでいる時は一緒に悩み、そしてお前が嬉しい時にはお前と一緒に笑っていた。だからどんな小さなことでも、知らないことはないんだよ」
 「え――?」
 ぱちぱちと目をしばたたかせる彼女に、父親はあくまでも穏やかな笑顔を向けた。
 「お前だけじゃない。母さんや姉さんのことだって、お父さんはずっと見守っていた。お前たち家族のことを、ずっとずっと見守り続けていたんだよ」
 「……」
 彼女は黙ったまま、じっと父親の言葉に耳を傾けていた。 
 いつの間にか彼女の視界がぼやけて、その瞳には涙がいっぱい溜まっていた。

 どう伝えたらいいんだろう。
 父に、いったいどう伝えたらいいんだろう。
 彼女がずっと父親を探していたこと。その存在を追い求めていたこと。たとえ夢でもいいから逢いたいと、心からそう思っていたこと。

 「人は死んだらどこへ行くの?肉体が消えてしまったら魂はなくなっちゃうの?もしそうだとしたら、生きて、動いて、喋って、笑ったり泣いたりしていたのは何のため?」
 父親が死んでから、彼女はずっとそんなことを考えていた。
 誰に聞いても答えてはくれないし、いくら考えても答えは出ない。そう分かっていながら、それでも考えずにはいられなかったのだ。
 当たり前のことだが父親の存在は彼女にとってとても深く大きく、だからこそ、父が自分の目の前から消えてしまったことに、彼女はどうしても馴染めないでいた。
 いつも傍にいて包み込んでいてくれた存在。自分にとって大切な存在。それなのに『死』というものは、こんなにも簡単に奪い去ってしまうものなのだろうか。
 (本当にもう二度と逢えないの――?)

 やがて時間が経ち、彼女もいつしか結婚し、子供を産んで親となってからは尚更そのことを考えるようになった。
 もしいつか自分が死んだら、自分の魂はどこへ行ってしまうのだろう。消えてなくなってしまうのだろうか。何もかも忘れてしまうのだろうか。子供たちに逢うことも出来なくなってしまうのだろうか。
 そう思うととても不安だった。たまらなく悲しかった。

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あきゅろす。
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