猫目堂 D これは夢なのだろうか。 今、彼女の目の前にいるのは二十年前にこの世を去った父その人だった。 亡くなった時のままの若さで、身につけているスーツやネクタイも当時のまま。生きている時と何ひとつ変わらない父の姿がそこにはあった。 「私は夢を見てるの?……ううん、それでもいいわ。どうか夢なら醒めないで」 独り言のように彼女が言うと、父親はくしゃりと顔をほころばせた。 「残念だけど夢じゃない、お父さんは本物だよ。ほら、触ってごらん」 大きくがっしりした手で彼女の華奢な手を取り、自分の頬に触らせる。 手のひらを通じて温かなぬくもりが伝わってきた。それはまぎれもなく彼女が幼い頃から慣れ親しんだ父のぬくもりだった。 「お父さん……」 「大きくなったな、鏡子(きょうこ)。お前、だいぶ老けたんじゃないか?」 遠慮のない父の言葉に、彼女はたまらなくなって吹き出す。わずかに残っていた戸惑いも消え去っていった。 「ひどいわ、お父さん。だって仕方ないじゃない。お父さんが死んだの、私が高校三年生の時よ。あれからもう二十年も経って、私はあの時のお父さんとそんなに変わらない年齢になっちゃったんだもの」 「そうか。もうそんなになるのか」 目を細める父親に、彼女はくつくつと笑ってみせる。 「そうよ。私だって、今はすっかり二児の母親なのよ」 「ああ、そうだったな。桜(さくら)と桃(もも)だったか。お前に似て、素直な可愛い子供たちだね」 「知ってるの?」 驚いて問い返すと、父親は笑いながら大きく頷いた。 「もちろんさ。お前の旦那さんのことも、結婚式のことも、お産の時のことも、みんな知っているよ」 「……どうして?」 心底不思議そうに彼女は父親の顔を見つめた。 彼女がまだ高校生だった頃に死んでしまった父が、そんなことを知っているわけがないのに。 そんな彼女の疑問に、父親は当然のことのように答える。 [前へ][次へ] [戻る] |