猫目堂
F
壁にかかった時計は、夜のかなり遅い時間を示している。事故があったのが登校途中なら、あれからずいぶん長い時間が経っているはずなのに、両親はともかく、友達の誰一人その場を離れようとはしない。みんな口々に少女の名前を呼び、じっと少女に語りかけている。
そんな両親や友達の姿を見て、少女はなんだかとても奇妙な気分になった。
「……ねえ、私、死ぬの?」
少女が、誰に言うともなくぼんやりと尋ねると、
「いいえ。あなたは生きるのよ、絵梨香ちゃん」
いきなり、見知らぬ少女が目の前に現れた。
「誰?」
少女――絵梨香が驚いて尋ねると、その少女はにっこりとほほ笑みながら、絵梨香にくまのぬいぐるみを差し出した。
絵梨香は不思議そうにそのぬいぐるみを受け取ると、その足に入った「М」の字の刺繍を見て、あっと声を上げた。これは、だいぶ前に絵梨香が作ったテディベアに間違いない。贈る相手のイニシャルを足の裏に縫い付けたのも、ほかならぬ絵梨香本人なのだから。
「あなた、都子ちゃん?小学校のとき同級生だった、あの都子ちゃん?」
「ええ、そうよ。私のこと、覚えていてくれたのね」
都子は嬉しそうに笑った。
「忘れるわけない。私、ずっと都子ちゃんに会いたかったんだもの」
絵梨香の言葉に、都子は一瞬顔を強ばらせた。
「……そうだよね、絵梨香ちゃん、私のこと怒ってるよね」
「え?」
「だって、つまらないことで、グループのみんなと、絵梨香ちゃんのこと無視したもの。本当は嫌だった、大好きな絵梨香ちゃんのこと無視したくなんかなかった。でも、私まで仲間外れにされるのが怖くて、つい一緒になって無視してしまったの」
「都子ちゃん……」
「そのことを、ずっと絵梨香ちゃんに謝りたくて。私、あれからずっとずっと、絵梨香ちゃんのことを考えてた。絵梨香ちゃんがくれたこのテディベアに、いつかもう一度絵梨香ちゃんに会えるように、って毎日お願いしていたの」
「……」
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