猫目堂
C
目を閉じたままじっとしている希凛に、青年はおだやかに尋ねる。
「どうかな?くーちゃんの姿が見えてこない?」
希凛は一生懸命くーちゃんのことを思った。
くーちゃんの顔、長い耳、ふわふわの手触り。そして、くーちゃんを抱っこしたときに感じたあたたかい気持ち。
「あ――」
希凛は思わず声を上げた。
真っ暗な視界の中に、くーちゃんの姿がくっきり浮かんで見えた。
「くーちゃん!」
希凛が声をかけると、くーちゃんはぴょんぴょんと勢いよく希凛のほうへ向かって跳ねてきた。元気だった頃いつもそうしていたように。
「くーちゃん」
希凛は笑いながら、くーちゃんへ手を伸ばした。
「さあ、目を開けてごらん」
優しい声に促されて、希凛はゆっくり目を開けた。
すると目の前に一匹の白い兎がいた。赤い二つの瞳が、きらきら輝きながら、希凛のことを見上げている。
「くーちゃん?」
希凛が声をかけると、兎はぴくぴくっと耳を動かした。
「くーちゃんなの?」
不安そうに訊くと、兎はもう一度耳を動かして、希凛の足元に身を寄せた。
(間違いない、くーちゃんだ!)
希凛は嬉しくなって、両手でその兎を抱き上げた。
兎の柔らかい額に頬擦りして、何度も何度も名前を呼ぶ。
「くーちゃん。くーちゃん。会いたかったよ、くーちゃん」
希凛の瞳から涙がこぼれ、兎を抱き締める手にぎゅっと力が込もった。
兎はそんな希凛をじっと見つめていたが、
「希凛チャン、アリガトウ」
はっきりとそう言った。
「くーちゃん?」
突然の出来事に希凛が驚いていると、兎はまた口を開いた。
「希凛チャン、泣カナイデ」
「くーちゃん」
「ワタシ、ズット希凛チャンノ事ヲ見テイルカラネ」
それから、兎は希凛の頬にまるでキスをするように鼻をつけると、
「ジャアネ」
そう言うなり、勢いよく希凛の腕から跳び出した。
「あ、待って――」
希凛は急いで兎の後を追おうとしたが、兎は空高く飛び上がり、まるで夕空に吸い込まれるように消えてしまった。
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