猫目堂
B
「もうすぐ陽が暮れるよ。そろそろお家へ帰らないと、お母さんやお父さんが心配するんじゃないかな?」
そう言われて、希凛は顔をしかめて俯いた。
「だって……」
「うん?」
「先生が言ったの。くーちゃんはお星さまになったって」
「くーちゃん?」
いきなりそんなことを言い出した希凛に、青年はあくまで穏やかな口調で尋ねた。
「幼稚園で飼ってたウサギさん」
「そうなんだ」
「うん。…でも、こないだ死んじゃったの」
そう言って希凛が涙ぐむと、青年は目を細めながら希凛の頭を撫でた。
「君は、その兎さんのことが好きだったんだね?」
青年の問いかけに、希凛はこっくりと頷く。
そのまますがるように青年の上着を掴むと、希凛は青年に訴えかけた。
「くーちゃん、お星さまになったんだって。だからね、わたし、くーちゃんの星を見つけようと思って、それで…、それで……」
希凛は悔しそうに唇を噛んだ。
うまく言葉にすることが出来ない。大人と話す時はいつもそう。
思っていることをちゃんと伝えられなくて、その結果、大人たちはいつも希凛の言っていることを適当に聞き流そうとする。
それが希凛にはとても悔しかった。
けれど、
「そっか。それで、ジャングルジムのてっぺんに登ろうとしていたんだね」
青年は真面目な顔でそんなことを言った。
(なんで?)
希凛は不思議そうに青年を振り仰いだ。
どうして、この青年は自分を軽くあしらわないのだろう。どうして、この青年は自分の言いたいことが分かったんだろう。
希凛は目をまん丸にして青年の顔を見つめていた。
青年は少し困ったように首を傾げると、上着のポケットから何かを取り出した。そして、それを希凛の手にそっと握らせた。
「わぁ、真っ白い綺麗な羽」
希凛がうっとりしながら手の中を眺めていると、
「目を閉じて」
青年が言った。
「え?」
驚く希凛に青年はさらに言う。
「そのまま目を閉じて、くーちゃんのことを思い出してみて」
「……」
希凛は言われたとおりに目を閉じた。
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