猫目堂
H
どうやら何も分かっていないらしい相棒に、いったい何と説明したら良いのだろう。そもそも、なぜ今回に限って明良にも美優の姿が見えたのか、どうにもそれが腑に落ちない。
(あの神儺って子の力なのかな?それとも、あの二人の――)
そんなことを考えて、傍らでぶつぶつ文句を言いながら車を運転している明良に、嵐はそっと視線を向ける。
「なあ、嵐、お前はまた食ってみたいと思わねえの?」
「いや、食いたいのはやまやまだけど、たぶんあの店にはもう二度と行けないような気がする」
「何でだよ?」
そこで話はまた堂々巡り。
さて、どうしたものか。
嵐が大きくため息をつくと、
「あなたたちなら、きっと『猫目堂』に来ることが出来ますよ」
「いつかきっと、またお二人でいらしてください」
風に乗ってふわりと嵐の耳元に届いたのは、ラエルとカイトの柔らかな声。
「……そうかも知れないな」
嵐はくすりとほほ笑むと、かすかに頷いて見せた。
隣では、明良が怒ったような顔でハンドルを握っている。
白い霧が晴れると、二人の乗った車は、いつの間にか見慣れた大きな寺――明良の家の前に着いていた。
「どういうことなんだ?」
ついさっきまで見たこともないような山の中にいたというのに、これはいったいどうしたことだろう。
まるで狐につままれたような展開に、明良は首を傾げるばかりである。
「なあ、嵐。…もしかして、俺たち狐か狸に化かされたのか?」
薄気味悪そうに振り返る明良に、
「そんなんじゃないさ、あれは……」
嵐は先ほどの『猫目堂』の風景を思い出す。
(もしかしたら、俺たちは、天使に逢ったのかも知れないな)
そんな呟きを心の中に落とす。
それから、まだ不安そうに首を傾げている明良を見て、嵐はにんまりと笑った。
「あ!お前、その顔は何か知ってるな?」
「さあ、どうかな」
「畜生。大吟醸飲ませてやんねーぞ」
「冗談。あれは正統な俺の報酬の一部だ」
「くそーーっ」
嵐のもっともな指摘に、明良は悔しそうに地団駄を踏んだ。
翌日、交通事故で亡くなった娘・美優の一周忌法要のため寺を訪れた母親に、明良と嵐は涙ながらに感謝されることになるのだが、今の二人はまだそれを知らない。
《了》
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