猫目堂
G
明良が何気なくそれを受け取ると、
「お兄ちゃん、お願い。お母さんに、『元気を出して。美優(みゆ)は、お母さんの笑った顔が一番好きだよ』って伝えてくれる?」
「え?それなら自分で――」
言いかけた明良の脇腹を、嵐が慌てて突く。
「何だよ?」
「いいから…」
文句を言う明良を制して、嵐は女の子に笑いかけた。
「俺たちが持っていればいいんだね、美優ちゃん?」
「うん、大丈夫。明日にはちゃんと届くと思うから」
「そっか」
「うん」
嵐が言うと、美優は満面の笑みを浮かべた。
「いいのか、あんな約束して」
ラエルとカイトと神儺、そして美優に見送られながら『猫目堂』を後にして、車が走り出した途端、明良が恨めしそうに嵐を睨みつけた。嵐はじっとバックミラーに映る『猫目堂』の建物と四人の姿を見つめながら、
「いいんだ」
ぼそりと呟いた。
バックミラーの中で、『猫目堂』の建物がだんだんと小さくなっていく。それと共に、周りの風景もうっすらとぼやけ始め、白い霧が立ち込めてくる。
「……」
嵐は振り向かない。ただバックミラーを凝視している。
霧がいよいよ濃くなって、『猫目堂』も白樺林も見えなくなるまさにその瞬間―――
真っ白い大きな翼が、清らかな光を放ちながら空へ向かって飛び立っていくのを、嵐は鏡越しにしっかりと確認した。
「…やっぱりそういうことか」
そう言って、くすりと笑いをもらした嵐に、
「ん?お前、いま何か言った?」
「いや、何にも」
「そっか」
「ん」
「しかし、あのコーヒーと焼き林檎は絶品だったなあ。ぜひまた食いに来たいよな」
「うーん」
明良の素直な感想に、嵐は思わず首をひねる。
「何だよ?お前、美味いと思わなかったの?」
「いや、そうじゃなくて……」
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