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猫目堂
A
 「うまい大吟醸一本」
 「あ?」
 檀家の女性たちに「そこらへんの俳優よりも格好いい」と評される整った顔をだらしなく弛緩させながら、明良は不思議そうに嵐を見る。
 「今回はそれで手を打ってやる」
 「ああー。オッケー、了解。ちょうど良い酒が手に入ったところなんだ」
 そう言いつつ、明良は車のドアを開けてさっさと乗り込む。
 嵐も頷いて助手席に滑り込むと、明良はゆっくりと車を発進させた。

 ある住宅街にさしかかったとき、ふと、道路脇にある空き地が目に入った。
 すっかり秋も終わり、木枯らしが吹いているというのに、空き地一面にクローバーが生い茂っている。その鮮やかな緑色と所々に点在するぼんぼりのような白い花は、殺風景な冬景色の中で、何とも言えない異彩を放っていた。
 「……」
 ちょうど車が赤信号で止まり、嵐はしげしげとクローバー畑を眺めていた。
 すると、クローバー畑の真ん中辺りに、七、八歳くらいの女の子が蹲っているのが見えた。
 「何をしてるんだ?」
 思わず声を漏らすと、ハンドルを握ったままの明良が運転席から身を乗り出してくる。
 「へえ。四つ葉さがしか、懐かしいなぁ」
 「……」
 明良の楽しそうな声に、嵐は思わず彼の顔をじっと見つめてしまう。

 「何だよ?」
 「お前、見えるのか?」
 「何が?」
 「いや…」
 問答するのが億劫で、嵐はかすかに首を振った。そうしながら、クローバー畑の中で動いている小さな姿を観察する。
 女の子は必死になって四つ葉を探している。せわしなく移動しては、小さな手をせっせと動かしているのが見える。
 (まあ、俺には関係ないか)
 嵐がそう心の中でつぶやいた時だった。

 突然、明良が車を路肩に停めてエンジンを切ったのだ。
 嵐が不審そうに明良を見ると、明良はにやりと人懐こそうな笑顔を浮かべた。
 「ちょっと手伝ってあげようぜ」
 「……」
 軽い口調でそう言う明良に、嵐は閉口した。
 明良の物好きに付き合わされるのはいつものことだが、なんでまたよりによって……。
 しかし、そんな嵐の心情など知るよしもなく、明良はさっさと車を降りると、女の子のほうへと近づいていってしまう。仕方なく、嵐もしぶしぶその後に続いた。


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