猫目堂 F 「最近、アラエルは、自分の翼のことを話さなくなったね」 突然ラエルにそう言われて、カイトは驚いて顔を上げた。 「え?ああ、そう言われてみれば……」 その通りだね、と頷きながら、カイトは不思議そうに首を傾げる。 そんなカイトに向かって、ラエルはおだやかに笑いながら、そ知らぬ顔でコーヒー豆を挽いている。何ともいえない良い香りがお店の中をゆうらりと漂う。 「ラエル」 「何だい?」 「アラエルは、ちゃんと戻れるのかな?」 ふいに問いかけたカイトに、ラエルはただにっこりとほほ笑むだけだ。 カイトは洗い物をしていた手を休めると、ラエルの青い瞳を真正面からじっと見つめた。 「ねえ、教えてよ。アラエルは赦されるの?」 「赦すも何も、すべてはアラエル次第だからね」 「え?」 「俺にもミカエルにも、新しい翼をつくってあげることなど出来ないよ。だって、あの翼は――」 そうラエルが言いかけたとき、 「カイト、ラエル――ッ!!」 アラエルが、ひどく慌てた様子で乱暴に入り口の扉を開けた。 二人が驚いて振り向くと、アラエルの両手が赤く染まっているのが見えた。 「どうしたんだい?!」 カイトは急いでカウンターを飛び越え、ラエルも慌ててアラエルの側に寄った。 緊張した顔で見つめてくる二人に、アラエルは震えながら両の掌を開いて見せた。 「――!!」 アラエルの手の中に、傷ついた小鳥がいた。片方の翼は半分以上も羽がなくなり、傷口から真っ赤な血が流れていた。 「アラエル、何があったんだい?」 「鳥に――大きな鳥に襲われたんだ。僕が助けに入ったときにはもう遅くて、こいつが羽をついばまれて、空から落ちてくるところだったんだ」 そう言って泣きじゃくるアラエルに、カイトとラエルは言葉を失った。 「いったいどうすればいい?ねえ、お願いだから、この小鳥を助けてやってよ!」 しゃくりあげながら言うアラエルに、ラエルがそっと近づいた。そして小刻みに震えるアラエルの小さな肩にそっと手を触れた。 「アラエル……」 「ねえ、何でもするから。僕、何でもするからさ――。大天使ラファエル、お願いします。あなたの癒しの力で、この小鳥を助けてください。どうかお願いします!」 [前へ][次へ] [戻る] |