猫目堂
H
太い木製の十字架にメリッサが縛り付けられている。
メリッサはまっすぐに顔を上げて、自分を取り囲む民衆を見つめていた。毅然としたその態度に、あちこちからすすり泣くような声が聞こえてくる。
神父の指示で、男たちがメリッサの足元に火のついた松明を投げつけようとした、まさにその時―――
「あっ?!」
突然、たくさんの白い羽が空から降って来た。
人々が驚いて空を見上げると、一人の大天使が、聖なる光を放ちながら地上に降りてくるのだった。
「本物の天使だ!」
「奇跡だ!!」
人々は口々に叫び、祈りの姿勢をとってその場に跪いた。
大天使はゆっくりとメリッサに近づくと、彼女を戒めていた縄を解き、彼女の髪に接吻をした。
「聖女マリア・ローザ。あなたに神の祝福を――」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「――で、それからどうなったの?」
心配そうに尋ねてくるカイトに、アストは落ち着いた口調で答える。
「メリッサは名誉を回復して、聖なる修道女として一生を神に捧げた。たくさんの人々に崇敬され愛されて、九十歳でこの世を去るまで、本当に幸せな人生だったよ」
「それは良かったけど、さ」
カイトは思わず口ごもる。
アストはそんなカイトの様子に、にっこりとほほ笑んだ。
「心配しなくても、私とメリッサはずっと一緒だったよ」
「そうなんだ」
「ああ。禁忌を犯したことで、私は魔界から五百年ほど追放されることになってしまってね」
「五百年?!」
驚いて目を丸くするカイトに、アストは艶然と笑ってみせる。
「本来ならもっと重い罪に問われるはずだったのだよ。けれど、お節介な大天使が私の弁護をしてくれたので、ずいぶん軽くて済んだんだ」
「へえ」
カイトはちらっと視線をラエルに送る。しかしラエルは何食わぬ顔で二杯目のコーヒーをおとしている。
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