猫目堂
G
私は悪魔だ。魂を代価に差し出す人間がいるなら、その願いをきかなければならない。
たとえその相手が誰であろうと――。
「悪魔さん。私の願い事はひとつだけよ」
「一つだけ?」
不審そうに尋ねた私に、メリッサは小さく頷く。
「大好きな人に幸せになって欲しいの。私が望むのは、ただそれだけ」
「……よろしい」
私は言った。そしてメリッサに、メリッサが慕う者の名前を尋ねた。
メリッサはにっこりとほほ笑むと、私の目をまっすぐに見てこう言った。
「大好きよ、アスト。だから幸せになって。もう、出会った頃のような悲しい瞳のあなたに戻らないで。――お願い」
私は呆然とメリッサを見つめた。
いったい今まで、こんな願い事があっただろうか。
自分の魂と引き換えに、悪魔の私の幸せを願うだなんて。
人間とは愚かでずるくて自分勝手な生き物――そのはずだったのに。
メリッサ………!
私は禁を破ることにした。
たとえどんなことになろうとも構わない。ただメリッサを救いたかった。
「止まれ。ここはお前のような者が来る場所ではない」
天界の入り口で、門番の天使は厳しく私を咎めた。
「悪魔が天界を訪れるのは許されないことだぞ」
「はるかな昔に、天魔両界で定めた掟を破るつもりか」
そんなことは私にも分かっていた。禁忌を犯せば重い罰が下ることも承知していた。
しかし私は引き下がらなかった。
「大天使どのにお願いがある。誰でもいい。大悪魔のアスタロトが面会したいと伝えてくれ」
私は焦っていた。
処刑の場からメリッサを助け出すことは簡単だが、もし私がそれをすれば、メリッサは間違いなく魔女だということになってしまう。悪魔が人間を――ましてや『聖女』を助けるなど、いったい誰が信じてくれるだろう。
真にメリッサを助けるためには、悪魔の私ではなく、天使の力が必要だったのだ。
「頼む。誰か――」
私は必死になって訴えた。
すると、
「私でよければお話を聞きましょう」
背の高い白金髪の大天使が、私の目の前に立っていた。
大天使は美しい青い瞳で私を見つめると、そっと私に両手を差し出した。
私はすがるような思いで、その大天使の手を掴んだ。
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