猫目堂
C
「ごめんね。僕のせいで、君にこんな悲しい思いをさせてしまって」
そう謝るカイトに、彼女は泣きながら首を振る。そしてカイトの小さな体をぎゅっと抱き締める。
大切なものを、もう二度と離さないように。もう二度と見失わないように。
そんな彼女に、
「これから、仔猫を迎えに行くんでしょ?」
海斗が優しく尋ねると、しかし彼女はきっぱりと首を振った。
「ううん。仔猫を迎えに行くのはやめるわ。私は、あなたと一緒に家に帰る」
そう言う彼女――そう言ってくれる彼女の言葉に、カイトは素直にうんと頷きたかった。
けれどそれは許されないことだ。
黒猫の『海斗』の時間は、あの時すでに止まってしまった。それを取り戻すことは出来ない。
どんなにカイトが望んでも、どんなに彼女が願っても、それを変えることは出来ないのだ。
「ごめんね、僕は一緒には行けない。お願いだから仔猫を迎えに行ってあげて」
心が引き裂かれるような想いで、カイトは彼女に告げる。
「どうして?」
泣きながら尋ねてくる彼女に、いったいどうして本当のことなど言えるだろう。
「どうしようもないんだ。…けれど、その仔猫は君を待ってるよ。僕には分かる。今もそわそわしながら君が迎えに来てくれるのを待ってる。お願いだから、僕の分までその仔猫を大切にしてあげてよ。君の新しい家族…僕の妹になる子なんだからさ」
そういう言葉に嘘はなかった。
カイトは彼女と仔猫の幸せを心から願っていた。
去っていく彼女の後ろ姿を見送りながら、カイトは優しくほほ笑んだ。
(さようなら、大好きな君。そして、ありがとう)
カイトの心は静かな幸せに満たされていた。
これでやっと歩き出せるに違いない。彼女も、自分も――。
(これからも、ずっとずっと君のことを見守っているよ)
カイトの琥珀色の瞳がうっすらと濡れて金色に輝いた。
「あれで良かったのかい?」
そう尋ねてくるラエルに、
「きっと彼女は大丈夫。新しい家族とうまくやっていけるさ」
ほほ笑んでカイトは言った。
ラエルはそんなカイトの横顔を見つめながら、そっとカイトの肩を叩いた。
「ああ、そうだね。海斗」
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