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猫目堂
B

 少女は机の上に飾られた写真をじっと眺めていた。
 写真の中で、黒い大きな犬と少女が寄り添いあって笑っている。
 「ブラック…」
 額にはめられたガラスの上からそっと写真をなぞる。
 その指先がわずかに震えて、少女はきゅっと唇を噛み締める。
 「ブラック…」
 すると、
 「クゥーン…」
 足元から小さな鳴き声がして、少女は思わず視線を落とす。
 だがそこにいたのは見慣れた大きな黒い体ではなく、何とも頼りなさそうな白い小さな塊。少女を見上げているのも、懐かしい茶色い瞳ではなく、ボタンみたいにまん丸な黒い目。
 「キュウウーン」
 少女が自分を見てくれたことが嬉しいのか、小さな赤い舌を出しながら一生懸命しっぽを振っている。
 一瞬、少女の瞳が優しく緩む。
 仔犬に触れようと手を出しかけて、けれどすぐにハッとしたようにその手を引っ込めた。そして慌てて視線を仔犬から反らしてしまう。
 「クゥーン。キューン」
 少女が自分を振り向いてくれた嬉しさ。そしてそれがたった一瞬だけのものだった寂しさ。両方がない交ぜになった感情を、仔犬は何とか少女に訴えようとしっぽを振り続ける。
 しかし少女は頑なに仔犬のほうを見ようとしない。それどころか、
 「うるさい!あっちへ行って!!」
 仔犬を邪険に追い払おうとする。
 しかしそれでも仔犬が少女の傍を離れずにしっぽを振り続けていると、少女はじっとブラックの写真を見つめながら冷たい声で言った。
 「ねえ、私のどが渇いた。台所からジュースを取ってきてよ」
 仔犬はわけが分からずに首を傾げる。
 ただ少女が自分に話しかけてくれたのが嬉しくて、その場でひたすらしっぽを振り続ける。
 「聞こえないの? ジュース持ってきてよ!!」
 少女が大声を出すと、仔犬は困ったようにしょぼしょぼと少女を見上げた。
 少女は顔を赤くさせながら仔犬を振り向くと、その小さな白い体をキッと睨みつけた。
 「ブラックはちゃんとやってくれたのに、あんたはしてくれないの?」
 「クウゥーン…」
 「何よ――」
 まっすぐに自分を見つめる黒い瞳に、少女はいよいよ癇癪を起こした。
 「そんな目で私を見ないでよ。あんたなんか……あんたなんか、ブラックの代わりになれるわけないじゃない!!」
 そう言って、少女はベッドに倒れこむように泣き伏した。
 仔犬はそんな少女を見て、ただただ寂しそうに座り込んでいる。
 少女が顔を上げてもう一度自分を見てくれるのをひたすら待っているかのように、ただそこに座り込んで、いつまでも小さな尻尾を振り続けていた。


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