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猫目堂
A
 「初対面でいきなりこんな話をしたら失礼かもしれませんが、ちょっと聞いてもらってもいいですか?」
 レモネードのグラスを両手で包むように持ちながら、お客は遠慮がちにそう言った。
 店員たちは相変わらず笑顔で頷くと、お客はほっとしたように小さく息を吐いた。そして、
 「俺の知り合いの女の子の話なんですが……」
 そんな風に話し始めた。


 「彼女には可愛がっていた犬がいました。『ブラック』と名づけて、そりゃあもう本当に可愛がっていたんです。…溺愛してましたね」
 「ブラック?」
 「ええ。全身が真っ黒な毛色のラブラドールだったんです」
 「ああ、なるほど」
 金髪の店員が納得すると、お客は呆れたように苦笑をもらした。
 「単純なネーミングでしょう?でも、彼女も犬もとてもその名前が気に入っていました。二人ともとても仲が良くて、家の中でも外でもいつも一緒でしたよ」
 「二人ともお互いが大好きなんですね」
 「はい。…実はね、その女の子は少し足が不自由なんです。そのせいばかりではないんでしょうが、大人しくて引っ込み思案で、なかなか友達ができなくてね。心配した両親が、その子の誕生日にプレゼントしたのが、その『ブラック』だったんですよ」
 「つまり、彼女の一番の親友…ですか」
 「そうですね」
 穏やかに話し続けるお客を、黒髪の店員はじっと見つめている。
 そんな彼を見て、金髪の店員は優しくほほ笑んだ。そしてお客に話の続きを促す。
 「それで、その女の子とブラックはどうしているんですか?」
 その問いに、お客はちょっとだけ顔を曇らせた。
 「昨年ブラックが交通事故で死んだんです。それ以来、彼女はすっかり塞ぎ込んでしまって。一日中ぼんやりとして、食も細くなるし、全然笑わなくなってしまいました」
 「いわゆる『ペットロス症候群』というものですか」
 「ええ。そうなんでしょうね。ブラックの写真を見ては泣いてばかりいるそうですから」
 「彼女にとって、ブラックの存在はとても大きかったのですね」
 金髪の店員が言うと、お客は大きな大きなため息を吐き出した。
 「見かねた両親が、ブラックの代わりにと白いトイプードルをもらってきたんですが、彼女は仔犬にまったく見向きもしない。『ブラック以外の犬なんていらない』と言って、部屋に閉じこもったままなんです」
 そう言ってお客は俯いた。
 その茶色い瞳が悲しそうに揺れている。
 「……どうしたらいいんでしょうね? このままじゃ可愛そうです、彼女も仔犬も」
 俯いたままそう言うお客に、黒髪の店員がそっと手を差しのべる。
 お客は驚いて顔を上げると、店員の顔をじっと見つめた。
 「大丈夫。きっと大丈夫ですよ」
 琥珀色の瞳が優しくお客に笑いかけた。



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あきゅろす。
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