猫目堂
A
「マーガレットの小さい版みたいな白いのがカモミール、うさぎの耳みたいな苞がついてるのがフレンチ・ラベンダー。それからタイムとローズマリーと、今アストが触ってるのが――」
「知っているよ」
やんわりとカイトの言葉を遮って、アストは白い小さな花をつけたライムグリーンの葉にそっと顔を近づけた。かすかにレモンの香りがする。
「これはレモンバーム。別名を『メリッサ』というのだよね」
「へえ、『メリッサ』か。なんだか女の子の名前みたいだね」
「そうだね。昔、私の知り合いに、この花と同じ名前を持つ女性がいたよ」
無邪気に言うカイトに、アストは何とも表現しがたい笑顔を見せた。
そんなアストを見て、カイトは不思議に思い、傍らのラエルを振り返った。しかしラエルは何も言わない。ただアストとよく似たほほ笑みを浮かべただけだった。
カイトは花瓶からタッジーマッジーを引き抜くと、それをアストへ差し出した。
「これ、アストにあげるよ」
「え?」
「お茶にもお料理にも使えるスグレモノだしさ。良かったらもらってよ、アスト」
アストは驚いてカイトの琥珀色の瞳を見つめていたが、やがて、
「ありがとう、カイト」
タッジーマッジーを両手で大切そうに受け取った。
ラエルの淹れてくれたスペシャルブレンドのコーヒーを飲みながら、アストはカイトからもらったタッジーマッジーを眺めていた。
朝一番に詰まれたハーブたちはどれも活き活きとして、爽やかな芳香を漂わせている。
(そう言えば、あの子もよくこんなものを作っていたな)
アストはそう思い、くすりと声を立てて笑った。
「どうかしたの?」
不思議そうに尋ねてくるカイトに、アストはゆっくりと視線をうつすと、静かな口調で話し出した。
「この花束を見て、さっき言った女性のことを思い出していたのだよ」
「ああ、昔知り合いだったっていうメリッサさん?」
「そう」
アストはもう一度タッジーマッジーを手に取ると、やわらかな緑の葉に顔を押し当てた。
そして目を閉じると、その香りを思い切り吸い込んだ。
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