猫目堂
B
「あなたのお店はとても美味しくて、値段に見合った素晴らしい食事が楽しめると評判ですね。…最近、また支店を増やされたとか」
「ええ。おかげさまで経営がうまくいってましてな。五つある支店は、腕のいい弟子たちにそれぞれまかせてあります」
「そうですか」
誇らしげに語る男に、紳士は屈託のない笑顔を向ける。
男はもう一度視線をラエルとカイトへ向けると、上機嫌のまま話し出した。
「君たちの料理はとても素晴らしい。正直驚いたよ」
「ありがとうございます」
「でも、どうしてこんな山奥で店をやっているのだね?ここでは客などほとんど来ないだろう。もったいないとはおもわないかね?」
「……もったいない?」
男の言葉に、二人は不思議そうに首を傾げる。
「ああ。君らほどの腕があれば、どこでだって通用する。こんな山奥にいないで、都会に店を出す気はないかね?いや。もし良かったら、二人とも私の店で働いてみないか?」
いささか興奮気味に男が申し出るが、ラエルとカイトはおだやかに笑みを浮かべたまま断る。
「どうしてかね?」
男は心外そうに声を上げた。
「私の店に来れば、もっとたくさんの客を相手に出来る。もちろん給料だって、君たちが満足のいく額を用意させてもらうよ」
そう男が言うのだが、ラエルもカイトもただただ首を振るばかりだった。
男はがっかりしたように、少し怒ったように再び顔を顰めた。
それを見て、ラエルがやんわりと男に言う。
「お気持ちはとてもありがたいし嬉しいのですが、僕たちは今のままで十分なのです。お金も欲しいとは思いません」
そのラエルの言葉に、男ははっとしたように顔を上げた。
そして驚きに目を見開いて、まじまじとラエルの顔を眺めた。
しばらくして、
「君は……私の娘と同じような事を言う」
苦笑まじりに男は言った。
そして、カウンターの隅に飾ってある小さな白いライラックの花束をじっと見つめると深いため息をついた。
「最初にカウンターにこの花を見つけたときに、何となくそう言われるんじゃないかとは思っていたんだがね」
ふいにそんなことを男は言った。
それから男はぽつりぽつりと語り出した。
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