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猫目堂
A
 「お待たせしました」
やがて男の前に出されたのは、とてもシンプルなオムライスとアメリカン・コーヒー。
 男はぴくりと眉を上げて、
 「これが、この店の一番のおすすめなのかね?」
先ほどより眉間の皺を深くさせながら尋ねた。
 「ええ。そうです」 
笑って答えるラエルに、男はふんと鼻を鳴らし、おもむろにコーヒーのカップを持ち上げた。
 すぐには飲まずに、まず色を見てゆっくりと鼻を近づけていく。そして目を閉じて香りを嗅ぐ。
 それから一口だけ口に含み、じっくり味わうように飲んだ。
 「ふむ」
 一言つぶやいてから、だいぶ時間をかけてコーヒーを飲み干した。
そして、
 「これを食べ終わる頃に、もう一杯コーヒーを淹れてくれないか?」
 オムライスを指さしながら男が言うと、ラエルはやわらかく頷いた。
 「さて、今度はこっちか」
 男はスプーンを持つと、カイトのつくったオムライスをこれまたゆっくりと口に運んだ。
 じっとカイトを見つめながら、噛み締めるようにオムライスを味わう。男の眉が時折ぴくぴくと動くが、男はそのまま無言で食べ続けている。
 そんな男の様子を、カイトもラエルもただ黙って見つめている。口元にはずっと微笑を浮かべたままで。

 やがて、男がオムライスをすっかり食べ終えた頃、絶妙のタイミングで男の前にコーヒーが差し出された。
 男は「ありがとう」と小さく礼を言ってから、コーヒーカップを手にしたままラエルとカイトを真正面から見つめた。
そして、
 「ありがとう。とても美味かった。……それに、とても懐かしい味がしたよ」
 そう言って男は笑った。

 「私はこういう者でね」
 男が差し出した名刺を、ラエルとカイトは丁寧に受け取りそっと覗き込んだ。
 男は同じ名刺を紳士と美人にも差し出した。
 そこにはかなり名の知れた高級レストランの名前と『オーナーシェフ』という文字が印刷されていた。
 「ああ、あの有名なお店のご主人だったのですか」
 紳士が感心したように言うと、男は笑顔で頷いた。
 「いや、なに。それほどでもありませんがね」


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あきゅろす。
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