若旦那×情夫
■伍■
チリン、チリ…ン。
(ふふ、サンジ様がいらした。)
ちゃぷん、と、音をたてて湯船につかる人の気配がして。
「お湯加減はいかがですか。」
煤で汚れる頬を拭い、おノリは『サンジ様』にたずねました。
「ん、ちょうどいいよ…。朝からごめんね、おノリちゃん。ありがとう。」
そう言って、でたらめな鼻歌を歌いはじめる『サンジ様』に苦笑しつつ、おノリは胸をなでるのでした。
今、サンジ様は恋をなされているのです。
いつも腰紐に巻きついている、根付の鈴の音が何よりの証拠でございます。
その根付は、遠いところにお仕事に行かれる若旦那様が『サンジ様』のためにと、お土産として毎回毎回、馬鹿のひとつ覚えのように買ってくるのでございます。
もう何十個となりますその小さな小さな根付を、毎朝ひとつだけ選んで腰にぶら下げて。あとは箱に入れて大事そうにしまいこんでいるのを、おノリは何度も見ております。
もう、足に鎖はついておりません。
その代わり、
腰には可愛らしい、小さな根付がついております。
旦那様がお亡くなりになられ、若旦那様がこのお屋敷のご当主となってから、やはり以前と変わらずサンジ様を開放されないことに皆、けして声には出せぬ微かな憤りと共に、それを悲しいことだと思っていたのでございます。
しかし、
以前と違い、どこか幸せそうなサンジ様。
腰にさげた根付を、どこか愛おしそうに眺めながら、若旦那の帰りを待つサンジ様。
時折、思いつめたように吐く溜息すら、うっかりすると桃色に見えてきます。
と、そのとき。
ガララッ!!!!
「コラ、ぐる眉毛!!何勝手にいなくなって風呂なんざ入ってやがる!!」
「ァあ!?なに、クソマリモは朝おれがいなくて淋しかったの?それはご〜めんね〜。」
「…だッ、誰が淋しいか!!…おら、もっと詰めろ。」
「ギャー!!狭ェ!!出ろてめェッ!!」
どうやら若旦那様が乱入された模様でございます。
ぎゃあぎゃあ喧しい風呂の中に、声を漏らしながら苦笑しつつ、
おノリはその場をあとにしました。邪魔をするのは無粋というもの。
もう、風呂の湯はそんなに熱くしなくてもよいのですから。
若旦那様がいれば、いつだって、
お熱いのでございます。
(あまり風呂の中で不埒なことなさらないでくださいね。声が漏れます。)
おノリは煤で汚れた前掛けをはずし、顔を洗うために井戸に来ました。
綺麗に、綺麗になって帰らねばなりません。
これから朝食を作り、
愛しい愛しい、自分の旦那様のお仕事のお見送りをするために。
おノリは、サンジ様の主治医であるヨシ造様の元へ、今年のはじめにお嫁に行ったのでございます。
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おなかの中には、すでにひとつの小さな命が宿されております。
空を見上げれば、桃の木の枝に白い雪。
もう少しすれば、冷たい雪溶け。小さな芽も芽吹いてくる季節でございます。
今頃、きっとサンジ様も桃色に染まっていることでしょう。
おノリは生まれてくる子が女の子だったら、『桃』という名をつけてもいいかもしれない、などと考え
ながら、
まだ夢の中にいるであろう旦那様を起こすために家路へと急いだのでございます。
春は、きっともうすぐそこでございます。
ゲストにヨシ造さんをお迎えいたしました。
『@ぐるぐる厨房@』様7万打のお祝いに。
屋根裏の錯乱棒より
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