若旦那×情夫
■四■


まだ陽も昇りきらぬ、息も凍てつく早朝から、

おノリはせっせと風呂の湯を沸かしておりました。

時折薪をくべながら、竹筒を一生懸命吹きます。煙のせいで、時折むせ込んでしまいますが、しかしぐずぐずしてはいられません。



(もうすぐ、サンジ様が来られてしまう…)







四年前、このお屋敷にご奉公に来てからというもの、おノリは旦那様の情夫である人間の世話係を命じられました。

情夫。

このお屋敷の、一番隅にある離れに住まう、金の髪の――、少年、でございます。

最初それを聞いたとき、おノリはとても戸惑いました。

このお屋敷には、人とは思えぬ白い肌、金の髪、青い目をした『金髪の妖(あやかし)』が住んでいると、専ら近所で噂が立っていたのです。

それだけでなく、おノリはずっと『女』だと思っておりました。

ひとたびこの目にその姿を映してしまうと、虜になってしまう程の絶世の『美女』、だとばかり。


よりによって、情夫が男…。



おノリの胸は混乱と共に、緊張と不安で張り裂けそうになったものでした。



しかし、すぐにそんな緊張も不安も吹き飛びました。









「おノリちゃんて言うの?よろしくね。」









おノリには、何も声が出ない程の驚きでした。





結うこともなく肩に垂らされた、蜂蜜のようにとろりと煌めく金の髪。

空の青よりもずっと澄んだ、宝石のような蒼い瞳。

ぼんやり光り輝くような透明感のある白い白い肌は、眩しいくらいでございました。

着ているものは、女物であろう白い肌襦袢を1枚だけ…。



ああ、これは人間ではないのだ。



その薄くて桜色の形のよい唇が、甘く低い声で、自分の名を呼んだ…。

おノリは、どう言葉を紡いでよいのやら途方に暮れてしまい、ただただ見惚れるばかりでございました




ですから、自分のすぐ傍に『サンジ様』がいらっしゃったことに、すぐには気づかなかったのです。 R>
手を、握られて。

しかし握られたことにびっくりする間もなく、その手が、自分のそれよりもずとずっとはるかに冷たかったことの方ににおノリは驚いてしまったのです。



「…火鉢に!すぐに火鉢におあたりくださいませ!!」



それはそうです。

今は春になる前の2月の終わり。まだまだ寒いのです。

そんな時期に襦袢一枚だけで、この寒空の下に立っているだなんて。正気の沙汰ではございません。 R>


おノリは挨拶もそこそこに、火鉢の火を起こしました。

温かいお茶を淹れ、一刻も早く、この冷たい体を温めないと――…。

『サンジ様』の白い足首から見える、冷たく重い鎖には、なるべく目を背けながら。





そうしてはじまった、おノリと『サンジ様』の日々。









『サンジ様』は、意外にも台所の年配女性たちの人気者でございました。

外には1歩も出られぬ身でございましたが、幼少の頃よりこんなところにひとりぼっちでいる『サンジ様』に、確かに最初は好奇の目を持って見ていた女たちも、本来は性格もまるく、愛嬌があってお優しい『サンジ様』がすぐに可哀想だと思えるようになってきたのでございます。

甘いお菓子が手に入ればこっそり見つからぬように『サンジ様』に与えに行ったり、擦り切れてしまった襦袢のほつれを縫ってやったり、寒い日には皆で布はしを持ち寄って縫った半纏を渡してやったり。




「ありがとう。」





そう言って、花が綻ぶように微笑まれる『サンジ様』。







ですから、





旦那様が『サンジ様』にされるご無体に、

おノリをはじめ、皆胸をしめつけられるような気持ちでございました。





旦那様がお寄りになった次の日の朝。その身を清めるために沸かす風呂。

お体に染みるのか、時折、悲痛なほどの溜息を漏らされる『サンジ様』。

おノリは、せつなくて、やるせなくて、でもどうしてやることもできず。

一生懸命、一生懸命、

火を起こしていたのでございます。







それが、今では。


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