ケンレン(名無しさん)2

 あれからまた暫く経過して、年始より始まった真嶋健悟主演のドラマも初回からなかなかの視聴率を誇り、相変わらずテレビの向こうのファン達を楽しませていた。

 当の本人はというと、暫くは雑誌の取材くらいのもので、久しぶりに纏まった休みが取れると上機嫌だ。蓮はその休みに合わせ、冬休みなのもあり、前回の約束を果たすために健悟のマンションに滞在している。今日は二人して、当面滞在するに当たって必要になるであろう物の買出しに出掛けていた。

 場所は都内にある複合都市施設で、田舎から出てきた蓮にとって、複数のビルや地下街、専門店外を中心とする商業施設はなかなか圧巻だ。ついつい高いビルを見上げがちになってしまうのも仕方ない。これでは地元に帰る頃には大分首がこってしまいそうだ、なんて思ったりした。

 そもそもわざわざ日用品など買い揃えなくとも実家から持っていくと蓮が言ったのに、どうせならこっちで購入してそのまま自分の部屋に置いておけばいいと健悟が言ったので、その言葉に甘えようと本当に手ぶらのような状態で東京に出てきていたのだ。
 流石に、数日分の着替えくらいは持ってきたが、タオルとか歯ブラシなんかはこちらで買えばいいし、購入するのもそれくらいと高をくくっていたのに、健悟と自分とでは、こういうときに意識の隔たりがあるように思える。

 芸能人って生き物は感覚が常人とは違うのだろうか。
 蓮は、あれこれと買い込む健悟に戸惑いを隠せなかった。これが健悟自身の買い物であれば、別段不思議ではないのだが、すべてが蓮の買い物だというのに、至極楽しそうに商品をチョイスしては次々と購入していくから、蓮の方も有難いと同時に流石に心苦しくなってくる。

「なあなあ、流石にもうこれくらいでいいって。着替えだって持ってきてるし、歯ブラシとタオルくらいで十分だから」

「ええーパジャマとかは?」

「スウェットあるし」

「いいじゃん、もう一枚くらいあったって」

「買い過ぎだってーの。つーか、けっきょく例のやつは撮んなくていいわけ?」

 少々卑怯だとは思ったが、いい加減健悟の目を買い物から逸らさねばと、今日の目的のひとつを上げてみた。
 正直、自分から言うのはなんだか妙に照れくさいのだが、この際仕方がないだろう。そうでもしないといつまでも健悟の蓮への買い物は終わりを見せないだろう。

「そっか、そうだった。うん、撮らないと」

 蓮の為に買い物出来るかと思ったらうっかりして時間を忘れてた、とのたまう健悟に若干呆れるが、自分の為だと思うと気恥ずかしくもあり、嬉しくもあった。

 ところで、男同士でプリクラって撮れるものなのか。最近では、盗撮行為などの犯罪を抑止するという目的で、男性客のみの撮影を禁止しているゲーセンも多いと聞く。
 蓮がみんなでプリクラを撮った時だって、羽生の知り合いがたまたまそこのゲーセンで働いていたから撮れたわけだし、健悟はその辺の事情については分かっているのだろうか。それとも田舎と都会じゃ、ゲーセンも違うルールで運営されているものなのだろうか。
「なあ、今更だけどゲーセンのプリクラってふつう男だけだと禁止ってとこばっかだけど大丈夫なわけ?」

「んー…なんとかなるっしょ、とりあえず荷物はロッカーにでもぶち込んで行こっか」


 蓮の不安もなんのそのという感じで、健悟は足取り軽くさっさと移動している。まあ、健悟が大丈夫って言うんだし、自分はこっちじゃそれに従うのみだから別にいいんだけども。

 大量の荷物をロッカーに入れた後、地下のオートウォークといわれるいわゆる動く歩道というやつに乗っかって移動する。
 普通に歩けば早いんじゃねぇの、とも思ったが人ごみの中を歩き回ったのもあって、普段より数段足に疲れを感じている今の蓮には有難かった。
 地味に長い距離を移動してそこからエスカレーターを上ると、緑地に白縁で文字が書かれた巨大な看板が見える。健悟が雑貨からパーティグッズまで揃うホームセンターみたいなもん、とざっくりと説明をしてくれた。
 そこの向かいにあるゲーセンに、健悟は躊躇いもせずに向かって行く。大通りの人の流れを遮って進むのはなかなかに難しく、一々こちらを伺ってくる健悟が見えたが、はぐれる距離じゃないし、こんな人ごみの中で手をつなぐ気も毛頭ない。健悟には悪いが、知らない振りをさせてもらい、蓮は時折人とぶつかりながらも健悟の後について行った。

 ゲーセンに着くとちょっと待っててね、と健悟に制されて暫くぼんやりと待つ。さすがに都会なだけあってゲームの種類が多いし、店内では店員が威勢良くゲームを宣伝したりイベント情報を発信したりしている。ガヤガヤと五月蝿い空間は、蓮からしてみれば居心地の良いものではなかったが、本当に『東京』に来ていることを実感するには充分な効果があった。
「れーん、こっち」

 健悟に声をかけられ、いよいよ撮るのかと少々げんなりする。

 あの日の夜の彼の怒りは本物だったし、あの後年始に始まった例のドラマの中、復讐者を演じて死体を埋めるための穴を掘る彼の演技には正直ぞっとした。健悟が内心で本当に苛立ちと怒りを持ってそれを役にぶつけているのが伝わってくるようだったからだ。それを思えば、こんなプリクラを一枚や二枚撮るくらいどうってことない。そうだ、それこそハメ撮りなんて恐ろしいことを言わせない為にもこれは仕方のないことだと言い聞かせ、蓮は健悟の後に続いた。
 
 区画された空間に見慣れた形の箱がならぶ。姫と子悪魔、レンアイシャシン、花吹雪…相変わらずどれがどれだか個体差も分からないプリクラ機は東京も田舎も変わりがないと思う。おそらくは、最新機種とそうでないものとでは数段に機能が違うのだろうが、使いこなせない者にとってはあまり意味を成さない。少なくとも、携帯の多様な機能すら使いこなせない自分にとっては、こんな事さえなければ無用の長物だ。
 蓮はふーん、と思いながらイメージガールが印刷されたムダに派手な幕を一通り眺めた後で、見逃せない看板を見つけ出した。

「つーか、健悟、これ」

 蓮が指し示す位置には確かにはっきりと書かれた男子禁制の文字。

「むちゃくちゃダメって書いてるんですけど……」

「大丈夫だよ、さ、早く入ってはいって」

 健悟はそんな蓮の言葉も無視して、見られないうちに早くと、半ば強引に蓮のことを一台の機械の中に引っ張り込んだ。


「やべーんじゃねえの?コレ」

「だいじょうぶだって!さっきちゃんと許可は貰いました!それに、今から入り口付近でイベントも始まるからへーきだってば」

「許可って、どうやったわけ?」

 カラクリが知りたいと問い詰めれば、酷くあっさりとした口調で「持ってきたカツラ被って『真嶋健悟ですけど、ちょっと雑誌の関係で親戚とプリクラを取りたいんですけど大丈夫ですか』って聞いたらラクショーだったよ。ついでにサイン書いたら人払いまでしてくれてラッキー」って、おい。職権乱用も甚だしいのに、全然大丈夫だと言うダメな芸能人にため息が出る。
 蓮はこれでもう逃げられないと肩を落とした。

 健悟は機嫌よく四百円をコイン口に投入してタッチパネルを操作する。途中、美白モードって何だとかいいながら、時間内にフレームを決められずに勝手に選択されたりなんかしているのを見ると、彼もまた初心者なんだなと実感した。そもそも男がプリクラでタッチパネルを操作することがまず無いなあとどうでもいいことを思う。

「さーさー撮るよ」  

 蓮はどんなポーズで撮るのか、または撮らされるのかと戦々恐々としていたが、意外にも軽く寄り添うくらいでごくごくふつうの一枚目となった。二枚目三枚目もピースをしたりするくらいで特に変わったことはない。
 ここで再びフレームを選ぶようで、今度は蓮が選んで、という健悟の言葉で前に出てタッチパネルを操作した。
 「さてと、」と言った健悟の声が自分の耳元のすぐ近くに聴こえ、ぞわりと鳥肌がたつ。背後からその長い腕で蓮の体を抱きしめるようにして健悟は立っていた。  しまった、と思うももう遅く、一枚目を全身フレームにセットした自分が恨めしい。振り払おうとまわされた健悟の腕を掴むけれど無情にもシャッターが切られる。その寸前に耳に濡れた感触があって、舐められたのだと分かると、蓮はたまらず健悟の腕をぎゅっと握った。
 じゃあつぎ、と言う健悟の音だけを聴いて、蓮は半ば呆然としていた。先ほどまでそんな気配は露ほども見せなかったくせに、こんなことするか、ふつう、と自問自答を繰り返す彼はもはやプリクラどころではない。
 それをいいことに健悟は好き勝手に蓮の体を弄り、最後のフレームが指定されたところで蓮の顔をその大きな手のひらで包み込み、ちゅ、っと小気味のいい音をさせて撮影を終了させた。

「れんのオトモダチには負けられないもんね?」

 そう言って健悟が蓮を解放すると、まさにぷしゅう、と音がするのではないかと思うくらい顔を真っ赤にした蓮がぎくしゃくとした動きで外へと出て行く。
 画像にらくがきする余裕なんかもちろん無いので、あとはまかせたと健悟に告げて、蓮は先ほど健悟を待った位置まで一人で戻る。

「ありえねえ……」

 そう呟く蓮はどうしてこのとき健悟をフリーにしてしまったのかと、もっとずーっと後に後悔することになるが、今の彼はそんなことにも気付かない。
 健悟は出来上がったプリクラを持って蓮のもとへとやってきた。
「はんぶんこする?」

「ふつーのやつしかダメだから」
 あとのあやしいのは断固自分が引き取ると、手を差し出すと意外なことに、いともあっさりと手に入った。もう少しごねるかと思ったが、帰りのタクシーの中でも不機嫌になることもなく、ふつうに撮ったプリクラを携帯電話の電池パックの裏に貼ったりなんかして女子高生みたいなことをしている。


 蓮はというと鞄の中のプリクラだけ処分してしまえば大丈夫だと思えたら気が楽になり、疲れたのもあって、後はタクシーの中で健悟の肩を借りてぐっすりと寝てしまった。


 すやすやと眠る蓮の横で、健悟が件のプリクラ画像を受信してそれをデータボックスに保存し、にんまりとしていることは知らぬが仏と言うやつだろう。

 健悟は運転手に気付かれないように、今一度、ちょっと詰めの甘い恋人にキスを落としたのだった。


おしまい。



微妙な長さのうえにプリクラちょっぴりで申し訳ない感じです。なんかもう残念クオリティ。
まさに粉々南部せんべいです。

多分けんごさんはたとえ後から携帯の中の画像がバレて消されても、既にパソコンにデータを非難させているに違いないのです。
抜け目のない人のイメージ。
あとやっぱり芸能人を利用していろんな特権を使ってくる恐ろしいスキルの持ち主だと勝手に思っています。




あきゅろす。
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