ケンレン(名無しさん)3


―You're all alone
You're fixing ramen
You pour hot water in
Where are you thoughts wandering as you wait there?



【真嶋健悟的能動的三分間】



―こういう時、寂しくないと言えば嘘になる。

本日も健悟の黒くてぺったりとしたシンプルなスケジュール帳には、膨大な量の仕事が書き込まれていて、それらひとつひとつを決められた順番の通りに終わらせ、場所を移動し、それを何度か繰り返す。そうしてようやくその最後の一つも終了すると、健悟はこれまでにも幾度となく足を運んだテレビ局を後にした。

目深に帽子を被り、口元をマフラーで少しばかり隠した姿は見ようによっては相当怪しいだろう。ただ、今のところ彼が警察の職務質問を受けたことはないのは幸いだ。芸能人が職務質問に遭ったことがあるだなんていうのはよく聞く話だが、自分が実際その立場になるというのは健悟にしても御免だった。それでも芸能人としてプライベートと仕事の境界線を跨ぐ際にはこの様な自衛策を高じなければならない。健悟は足早に雑踏へ足を踏み入れ、夜の人混みの中へと消えていった。



マンションの近くのコンビニに立ち寄り、今晩の夕食を購入する。夕食といっても既に十一時をまわっていたけれども、職業柄、時間に文句などは言えない。

健悟はコンビニでカゴを手にすると、いくつかの雑誌と飲料、カップラーメンなどを適当に放り込んでいく。ふと目に付いたお菓子コーナーで、先日、蓮と食べた四角い箱のチョコレート菓子も購入した。蓮を思い出して少しだけ疲労が和らいだ気がする。
蓮と共に在った数日前まではめっきり減らなかった煙草もレジで買い足して置く。どうしたってひとりになると何となく手が伸びてしまうそれが、レジ袋に投入されるのを複雑な心境で見つめていた。

手渡されたお釣りとレシートを無造作に財布に突っ込んでコンビニを後にする。

マンションまでは直ぐそこだ。
健悟は疲れた足でゆっくりと帰路に就いた。


帰宅しても当然家の中は真っ暗で、健悟は玄関で適当に靴を脱ぐとリビングへと重い足を引きずった。もはやスリッパを履くのも面倒くさい。
コンビニで買った袋をテーブルの上に音を立てて置き、其の足でキッチンへと向かう。あ、そうそうと一度引き返して、チョコレート菓子を冷凍室へと放り込んだ。
何時だったか購入した赤い色のやかんに水を入れて火にかける。 まだ暫くはかかるからと言い訳をして、ポケットからシガレットケースを取り出した。
蓮が側に居る間は寝室の棚に押しやられるそれも、彼が実家に戻ってからはすっかり健悟のポケットに居座っている。
馴れた手付きで口にくわえて火を点した。肺一杯に煙を吸い込み吐き出す。もしかしたら吐き出されたのは煙というよりか、溜め息に近いものだったのかもしれない。換気扇を回して、お湯が沸くまでの暫くの時間をぼんやりと過ごした。

お湯が沸いたのを確認して、リビングからカップラーメンを持ってくる。カップラーメンの薄いフィルムをペリペリと剥がしてゴミ箱に捨てた。静電気でフィルムが指に張り付くのが不愉快で仕方なかったのは、現在の健悟にだいぶん余裕がなかったからかもしれない。

熱湯を線よりちょっとだけ上まで注ぎ込んで蓋をする。
そこで時計を確認すると、針は十二時三分前を示していた。あと、ちょうど三分間。

さあ、この間を如何する?
もう一服するか、それとも…。

健悟は、シガレットケースの入ったほうとは逆のポケットから、携帯電話を取り出す。
データボックスを開き、最近では煙草よりも手に馴染んだ操作を指先で行った。

画像ばかりが詰め込まれたそこを開き、一枚の画像を見つめる。
そこには少し前に一緒に撮影したプリクラの画像。この画像のプリクラ自体は蓮が手にしていたけれど、あの時ちゃっかりと自分の携帯へと送信したそれを見れば本当に癒される。照れたように顔を赤くしている可愛い恋人。少々強引な手段で撮影したその時のことを思い出してつい笑ってしまう。
そして思い出してしまえば、もう蓮に逢いたくて仕方なくなってしまった。
もう寝てしまっているだろうか、いやもしかしたらまだ起きているかもしれない。これは自分の我が儘だと分かってはいたけれど、少しでいいから声だけでも聴きたかった。

健悟は画像を閉じて、携帯の発信履歴の一番上から蓮の番号を導き電話をかける。コール音が三回鳴った時に時計に目をやった。

時計の針はちょうど十二時。

その瞬間にピ、と音を立てて繋がった携帯に、出来上がったカップラーメンには悪いけれど、どうやら今夜は食べてあげられないみたいだと謝って、キッチンを後にする。そのくせ悪いだなんてひとかけらも思っていない健悟は、蓮へと繋がった電話に愛しそうにキスを落としたのだった。


「あ、もしもし、れん?ごめんねー、寝てた?」



―You're all alone
You're fixing ramen
You pour hot water in
Where are you thoughts wandering as you wait there?


(あなたはたったひとり、即席麺を作っている。熱いお湯を注いでおくだけ。さあ、キミは完成まで如何する?)


―そんなの、決まってる。
大切な人を思い出すんだ。
そしたら、もう、待てない。


End.





椎名林檎さんの『能動的三分間』の頭からテーマを拝借して勢いのままに書いてみましたー。

どうする、っていってこんなこと毎回していたら一生カップラーメンをダメにしかねない、という事実に気付いたなう。あうあう。

おそまつさまでした。




あきゅろす。
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