明日=生きる希望 スクアーロはぼんやりと瞼を開いた。 眠ったのは深夜、今はおそらく明け方近い時刻。カーテンの隙間から漏れる月明かりが辛うじて輪郭を捉えられるぐらいの明かりを提供していた。 世界が眠りにつく時間、耳鳴りがしそうなぐらい静かだった。 そんな中、隣からの籠もった息遣いがスクアーロの鋭い聴覚を揺らす。 不自然なぐらい押さえ込まれた気配、スクアーロはその気配へ体を向ける。 「ザンザス…?」 こちらに背中を向けていたザンザスの肩が、ほんの僅かに上がる。 スクアーロの思考はすでにクリアだった。寝起きは良い、良くなければ寝首をかかれてしまう環境に長くいたから。 一人分のスペースが空いてしまったザンザスとの距離を不思議に思う。確かに抱き締めて眠ったはずなのに。 「どうしたぁ」 「どうもしねぇ」 はっきりとした発音に、ザンザスが起きていたことが分かる。 スクアーロは体を起こすとベッドサイドのランプを付けようと腕を伸ばした。 「つけんな」 「あ゛ー…?」 「いいから。つけたらかっ消す」 「分かったぁ…」 伸ばした腕を下ろし、スクアーロは体を完全に起こす。 隣のザンザスは相変わらず背中を向けたまま、こちらを見ようともしなかった。 「眠れないのかぁ?」 「別に…。関係ねぇだろ、寝てろ」 「嘘つきだなぁ…ボスさんは」 僅かに苦笑してスクアーロはザンザスとの距離を縮める。 闇に慣れた目に映るザンザスは、少し体を丸めるようにしている。 スクアーロは、あぁ、と納得した。 「痛いのかぁ」 「痛くない」 「いつからだぁ?」 「……………………少し、前」 「そうかぁ」 ザンザスは時折こうして胃痛に襲われることがあった。刺すような、キリキリとした痛みが前触れもなく襲ってくる。 恐らく、原因は過度のストレスによるものだ。何年も前の指輪戦で臓器を傷つけたのも影響しているのだろう。 そういえば、昨日は本部での会合があったなとスクアーロは記憶を辿った。ツナヨシか?とスクアーロは思ったが考えを否定した。 たまに派手な言い争いはすれどもツナヨシとザンザスは互いを認めていた、どちらも頑固だから喧嘩になるだけだ。 ヴァリアー側からは不利になるような不始末は一切出ていない、本部の守護者との折り合いも悪くはない。 …古株の幹部に捕まったか、あるいは煮詰まっているだけか。スクアーロはそこまで考えてザンザスを見た。 ツナヨシ側に否があればスクアーロは言及するつもりだった、スクアーロがしなくとも気配で感付いたベルあたりはきっと言及しに行く。 ザンザスに傷を負わせるものには容赦しないのだ、特にスクアーロとベルは。 スクアーロはもとより、ベルは幼い頃からザンザスに懐いていた。ベルにとってザンザスは王様、守るべき唯一の対象だ。 「なんかあったのかぁ…?」 「なんも、ない」 「ツナヨシかぁ?」 「違う」 「考え事?」 「違う」 「ザンザス…」 「…久しぶりに、長ったらしく嫌味を言われただけだ」 「……」 「ツナヨシが咎めた、テメェの代わりにな」 「そうかぁ…後で誉めといてやる」 「ヤマモトに稽古でもしてやれ、もしくはヒバリに殺されろ」 「う゛ぉ…それは勘弁しろぉ」 ザンザスの纏う空気が、ふっと一瞬柔らかくなったのを見逃さない。 スクアーロはザンザスを抱えると、自分の体の間にザンザスを入れてやった。自然とザンザスはスクアーロの胸に抱え込まれる形となる。しかしザンザスから抵抗は一切ない。 「スクアーロ…」 「なんだぁ…」 「痛い…」 「そうだなぁ」 この数年で、ザンザスは感情を上手く言葉に出来るようになっている。 弱みを見せることを許されず、張り詰めたまま生きてきた昔と比べて、今はザンザスにとって格段に良い環境が揃っている。 ツナヨシとも守護者ともザンザスは上手くやっているのだ、意外なことに。 更にツナヨシでさえ手を焼いている骸でさえ、ザンザスとは素直に会話をする。 マフィアに恨みのある骸と、マフィアに振り回されたザンザス。共通するものがあるのだろう。 「痛いなぁ」 「…痛い」 スクアーロの暖かな右手がザンザスの腹部を優しく撫でる。 ザンザスはスクアーロの胸にしがみつき眉間の皺をほんの少しだけ緩めた。 スクアーロの体温がザンザスにじんわりと移る。 胃痛に伴っていた吐き気は消えていた。 「こうやって暗いと、どこまでがザンザスでどこまでが自分なのか分からなくなるなぁ…」 「ん…」 「境目なんて、溶けちまうなぁ…ザンザス」 「スクアーロ…」 「ずっと、撫でてやるぞぉ」 「…好きにしろ」 スクアーロはザンザスの肩まで毛布をかけ直してやる。 いったいどれだけの時間そうしていたのか分からないが、スクアーロがそっとザンザスを覗き込むと穏やかな寝顔が見えた。 起こさないように横になり、しっかりとザンザスを抱き締める。 「ザンザス…」 その心に負った傷はいまだに治ることはない。けれどスクアーロは諦めなどしないのだ。 痛みに暴れようが拒絶しようが、茨の中からザンザスの心を引きずり出して包帯を巻き続けてきた。 息をすることも、僅かな気配すらも痛みとなって襲い来る毎日。 拒絶して、近付けないように、これ以上傷つかないように暴力を振るったザンザス。 やっと、ここまで来たのだ。 あどけない寝顔に唇を落とし、髪を梳いてやるとザンザスは無意識に体を寄せてくる。 ぬくもりを求めてくる。 「おやすみ…、また明日なぁ」 (明日を見つめることが出来た、それが僕と君で掴んだ希望) ←→ [戻る] |