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ハナノユメ

あ。
そう思って、ザンザスは指先を見た。
ピリリとした痛みが走り、右手の指先に傷を見つける。す、と皮が切れ、ぷつり、真っ赤な血が溢れる。

「あ…っ、」

思いの外、出血が多くてザンザスは微かに声を漏らした。玉のように溢れた血は、幾筋となり指を伝う。
無造作にティッシュを引き抜き、傷口に宛がう。
強く指を握り締め、そのまま席を立つ。隣接した私室、簡易キッチン。蛇口を捻り血で張り付いてしまったティッシュごと丁寧に洗い流していく。

「ザンザス?」
「…、こっちだ。」

気配。スクアーロのものだとザンザスは思う。開けたままのドアに声を掛ければ、すぐに見慣れた姿が現れる。
キッチンに立つザンザスに眉を寄せたスクアーロは、片手に書類を持ったまま歩み寄る。

「どうしたぁ?」
「指、切っちまった。」
「あぁ。」

手元を覗いて、納得したように頷く。

「ンなことかぁ。」

胸が、急に苦しくなった。





そんなことか、と。いや、確かに些末なことだ、指を紙で切ってしまうなんて。
思いの外、血が多く溢れて気が焦っていたのかもしれない。
ただ、ただ。
スクアーロの言った、その一言がザンザスの胸に突き刺さったのは確かだった。

「…………。」

執務室の重厚な椅子。スクアーロは、もうすでにいない。それなりの地位、それなりの役職。多忙なのはお互い様。
日の暮れかかる夕刻は、ザンザスの執務室に濃い橙色を注いでいるのに、冷え込むのだろう、肌寒かった。

『ンなことかぁ。』

たった一言に、喉を締め付けられるような感覚。スクアーロは悪くないと、ザンザスは理解している。確かに指を切った、ただそれだけで柄にもなく焦ってしまった自分にこそ、非があるのだから。

でも。
だけど、ただ、漠然と。

スクアーロなら自分になにがあっても、例えどんなに小さなことだとしても心配してくれるだろうと、そう思っていたのだ。
期待外れの反応?馬鹿馬鹿しい。ザンザスは自嘲する。息苦しさは変わらない。

「馬鹿か…。」

些末なことだとスクアーロが言ったのなら、それを些末なことだと必死に思い込もうとしている自分がいる。
好きだから、こんなくだらないことで呆れられたくないし、嫌われたくない。
好きだから、言えないことだってあるのだ。
そう理解しているのに息苦しさは無くならない、それにザンザスは唇を噛んだ。

好きだから言えない、言わない。
好きなのに、自分の感情を伝えられない。
なんて矛盾。
好きなのに、好きだから。
苦しくて苦しくて、無意識に指先を強く擦り合わせてしまった。
ピリリ、小さな小さな傷口が痛みを主張する。

「う゛ぉおい!ザンザス!」
「…っ、な、んだ。」

意識が引き戻される強烈な感覚に、ザンザスは一瞬、目の前のピントが合わなくなるような錯覚に陥る。

「明日の分まで片付けててよぉ、肩凝ったぜぇ。」
「そうか。」
「ん。ほら、これ。」
「……?」

差し出された、何かを見る。息苦しさは、どこかに消えていた。
窓の外は、もう暗い。

「血ぃ止まってるとおもうけど、一応なぁ。」

丁寧に貼られる絆創膏。
好きだから、好きなのに。
違う、違う。

やっぱり、好きなんだ。





(これっぽっちの刃で痛い)


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あきゅろす。
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