黒猫と銀狼E 「君の住所を調べるのに、時間がかかってしまってね。あそこまで森の奥に暮らしているとは思わなかったよ」 「はぁ…」 「ザンザスを、あの雨の日に黒猫のザンザスを助けてくれて本当にありがとう…。私のたった一人の息子なんだ、なんとお礼を言ったらいいか」 「いや、やめて下さい。そういう風に言われるの、なれてないってか…」 スクアーロは混乱する頭をどうにか落ち着けるために、目の前に出された紅茶を一口飲んだ。 ようするに、黒猫の名前はザンザスで、ザンザスの父親がティモッテオ、そしてティモッテオはボンゴレの社長だから…。 ザンザスは、御曹司だったのだ。 「お礼がしたくてね、是非とも君の作品を買いたいと思ったんだ」 「お礼に?」 「スクアーロ君の作品を幾つか見たよ。どれも素晴らしかった、細工も大胆で妥協がない、怖いくらいに計算された彫刻ばかり。すっかり虜だよ」 目の前のティモッテオが言うことは嘘ではないと、スクアーロは本能的に察知した。 手紙の内容同様、そこに嘘は欠片もなかった。 だが、この依頼は受けられないとスクアーロは思った。 「申し訳ありませんが、依頼は受けられません」 「…理由を聞いてもいいかい?」 「きっと、…きっとあんたの依頼を受けたら、俺は沢山の階段を一気に飛ばすことになる」 「階段を?」 「確かにあんたの言ってることに嘘はないと思った、素直に嬉しいと思う。あんたの依頼を受ければ、きっと名前も売れると思うしプラスなことが多い。けど、まだ俺には早い。歩かなきゃならない階段が沢山あるんだぁ、それをすっ飛ばす訳にはいかない。まだ自分で上らなきゃならない」 「そうか…」 「…すみません」 「いや、…いや。君の意志が固いことが分かったよ。きっと何を言ってもその意見は変わらないんだろう?」 「はい」 「君の誇りを見ることが出来た。今日はそれだけで会えたことに意味がある、ありがとう」 「いえ…こちらこそ」 スクアーロは恥ずかしそうに俯く、面と向かって礼を言われるのはやっぱり苦手なのだ。 こうも真摯に言われると、どうしていいか悩んでしまう。 「依頼とは関係がないんだけれど、もうひとついいかな?」 「はい?」 「ザンザスに会ってくれないかい?」 スクアーロは表情を強ばらせた。 あの、黒猫の、ザンザスの左頬と額のガーゼが思い浮かぶ。 「あの子も、会いたがっている」 「彼が…?」 「素直ではない子なんだけどね、あの子がそう言ったわけじゃないんだが。どうかな?」 「…会いたい、です」 会って、なにを話すかは考えていない。 けれど無性に会いたかった、あの黒猫に。 ←→ [戻る] |