[通常モード] [URL送信]
黒猫と銀狼A

ザンザスは必死に走った。
振り返って、追っ手がいないことを確認してようやく一息つく。

「はぁ、はぁ…っ」

季節はそろそろ冬に入ろうとしていた。
ザンザスの息が、僅かに白く浮かび上がる。
ジャケットのポケットを探ると、幸いなことにお金が入っていた。
このまま何処かへ行こう、そう考えてザンザスは駅に向かう。
買った切符は、ヴェンテミリアの郊外行き。
列車に乗り込み、シートに座ると疲れがどっと出てきた。
列車が発車するとザンザスはすぐに夢の中へ旅立った。

アナウンスの声で、目が覚めるとちょうど終着駅。
ホームに降り立ち、とくに行き先を決めずふらりとザンザスは歩き出した。
時間が何時間経ったのかは分からないが、辺りはすでに日が暮れている。
気温がぐんと下がって、ザンザスは身震いをひとつした。
歩いていくうちに、この町の大通りらしきところにザンザスは出た。
大通りは酒場がひしめき合って、店の中からも外からも楽しげな声が聞こえる。
きっと仕事帰りに、酒を楽しんでいるのだろう。
道にも人が溢れ、ザンザスは人の間を縫うように歩いていた。

「お兄さんお兄さん」
「?」

振り返ってみると、数人の男たちが自分をジロジロと見ていた。
その不躾な視線に、ザンザスの眉根が寄る。

「お兄さん、ここらの獣人じゃねえだろ?」
「……」
「おーおー、無視してやがるぜコイツ!」
「こりゃあ此処での流儀を教えないとなぁ!」

男たちは酒の匂いを纏いながら、ザンザスを取り囲む。
一人の狼が、ザンザスのジャケットの胸ぐら部分を掴み上げた。

「……っ!」
「そんな怖い顔すんなよー、こんな良い服着て、どっかのお坊ちゃんかい」
「離せ!」
「おいテメェ誰に口聞いてんだ!」
「お坊ちゃんは黙って金置いてけや、それともママに泣きつくのか?」
「そりゃ傑作だな!」
「離せっつってんだろ、このカス共が!」

ザンザスの長い足が、下品な笑い声をあげていた一人の股間を蹴り上げた。
男は悲鳴をあげ、倒れて白目を向いている。

「大丈夫かよ!?」
「テメェ…覚悟出来てんだろうな?あぁ!?」
「離せ!俺に触るな!」

掴みあげられていたジャケットを、男が殴るためにぐっと握り直した。
その一瞬の隙に、ジャケットをするりと脱ぎ捨てザンザスは人混みに飛び込む。
後ろから追ってくる男たちの怒号。
それを振り切るようにザンザスはスピードをあげ、人混みを縫って逃げた。
路地に逃げ込み、いくつもの塀を乗り越えて森の中へ飛び込む。

さすがにもう追って来ないだろう。
ザンザスは息を整えると、大木の根元に座り込む。
するとポツリと、なにかが顔に当たった。

「……?」

顔に当たったのは、水。
ポツリポツリと降り始めた雨が、ザンザスの体を濡らしていく。

「最悪だ…」

ザンザスは猫なので水が苦手なのだ。
雨をしのげる場所を探さなくてはと、ザンザスは立ち上がり森を進んだ。
雨は次第に強さを増し、視界は真っ暗。
新月なのだろう、夜目の利くザンザスもお手上げ状態だ。

「…寒い」

体は震えが止まらない。
真っ暗な森の中を、ザンザスは歩く。
その時だった。

ガラッ。

「…え、」

歩いていたはずの地面が、突然崩れたのだ。
ザンザスは知らぬ間に崖の近くを歩いていて、雨で地盤が脆くなったことすら分からなかった。

「(落ちるっ!)」

ぎゅうっとザンザスは目をつむり、体を丸める。
崖を落ちていく体は、なににぶつかっているのかも分からないほどの激痛をザンザスに与えた。
左の頬と額に、なにかが思い切り当たり、焼け付くような痛みが走ったとき。

ザンザスの体は、凍てつくような水の中に飲み込まれていった。



4/24ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!