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小説‐ガールフレンド(仮)
上達するまで? 【笹原野々花編】
Side 上木拓真

 きっかけは些細なことだった。日常生活にありふれた、取るに足りない1ページ。その1ページが、偶然きっかけになった。そのきっかけで、ある人が頭から離れなくなって、気になり始めて今に至る。
 俺は聖櫻学園2年、上木拓真。授業終わりの教室で友だちの酒井康平と話していた。

「で、康平。聞いてくれたか?」

「聞いたけどさ‥‥俺の立場をもう少し考えろよな。拓真の頼みじゃないと聞いてないよ」

 康平は3年の村上文緒先輩と付き合っている。図書委員で、本が好きな人だ。

「笹原野々花先輩。部活は陶芸部だけど、けっこう早めに帰ってるんだってさ。何でかっていうと、祖父が喫茶店を経営してて、その手伝いをしてるんだってさ」

「へぇ‥‥」

「まあ、何を知るにしても話してみないことには何ともね。ただ、誰とでも分け隔てなく話してくれるから、話しやすい人って言ってたよ」

「そっか‥‥村上先輩と笹原先輩って仲いいんだ?」

「どうだろ?悪いってことはないと思うけどね」

「はぁ‥‥喫茶店に行くのもなぁ‥‥」

「できるだけ協力はするけど、まずは接点がほしいよね」

 そう。俺と笹原先輩の接点はないと言っても過言じゃない。村上先輩みたいにどこにいるかわかってれば接点を作りやすいんだけどなぁ‥‥。

「まあいいや。とにかくありがとう、康平」

「ううん。特に何もなかったし」

「は?何かありかけたのか?」

「恋人に他の女の子の話して、いい顔はしないよ」

「確かに‥‥悪いな」

「話せばわかってくれるから問題ないよ。じゃ、俺は図書室に行くから」

「あいよ。また明日」

 康平は図書室に行くことがもう日課になっている。本なんて読んでなかったのになぁ‥‥。
 康平と話すこと以外に教室ですることはない。俺は帰ろうとして昇降口にいると、不意に肩を叩かれた。

「こんにちは」

 声をかけられた。誰が俺を‥‥、

「さ、笹原先輩!?」

 俺に声をかけたのは笹原先輩だった。笹原先輩のことを考えていただけあって、相当テンパって応えてしまう。

「あ、あれ?そんなに驚かれるかな‥‥?」

「あ、ああ、いえ!何でもありません!」

「そう‥‥?」

 不思議そうに首を傾げる笹原先輩の仕草が妙に可愛らしかった。そんなことを考える余裕は、今の俺にはない筈なのに。

「えと、な、何ですか?」

「たまたま見つけたから声をかけたんだけど、迷惑だった?」

「いえいえ、とんでもないです」

 やっと落ち着いてきた。そうだよ、ただ話してるだけなんだから。

「帰り?」

「はい。笹原先輩もですか?」

「うん。じゃ、帰ろ。私の家、こっちなんだ」

 積極的なのか、ただ誰かと一緒がよかったのか、どっちだ?

「〜♪」

 少なくとも、どこか嬉しそうだった。俺はただただ混乱気味なんだけどな。

「上木拓真くん。で、合ってるよね?」

「はい。合ってます」

「この前は、ハンカチ拾ってくれてありがとね。私にぶいから、いろいろ失敗しちゃって」

 にぶい?そうなのか?

「あのハンカチ、大切なものだったから」

 へぇ‥‥まあ、無くさなくてよかった。

「拓真くん」

「あ、はい!」

「ああ、ごめんね。ビックリしたなら謝るんだけど、名前で呼んでいいかなって」

「ああ、大丈夫です。何も気にしなくて」

「そう?なら、私のことも野々花でいいよ」

「はぁ‥‥わかりました」

 名前で呼べるようになったのは嬉しいんだけど、ここで会話が止まった。二人てくてく歩いてる訳だが、何か話題は‥‥。

「ええっと‥‥野々花先輩の家は、喫茶店なんですよね?」

「そうだよ。よかったら今度遊びに来てね」

 おっ。これでいつ行ってもとりあえず邪険に思われることはなさそうだな。

「どこらへんですか?」

「ええっと‥‥酒井くんのご近所さんかな」

 あいつ、実はかなり面識あるんじゃないだろうな?

「あんまり話したことはないんだけど、文緒ちゃんの彼氏なんだよね」

 ああ、話したことは少ないのか。

「じゃあ、今度行ってみます」

「うん。待ってるから。じゃあね」

 手を振って別の方向に歩いていく野々花先輩。偶然だけど、これできっかけができたな。
 その日の夜、康平に電話した。

「悪い、康平。夜にわざわざ」

『いいよ。で、どうかした?』

「今日、偶然野々花先輩と一緒に帰ったんだけどさ」

『へぇ。よかったね。何か進展あった?』

「喫茶店に遊びに来てねって言われた」

『それなら接点できたんじゃない?言われたことなんだし、行ってみたら?』

「いや、康平の家の近所なんだろ?」

『んん?そうなの?』

 やっぱり知らないのか。

『‥‥確かに喫茶店はあるし行ったことあるけど、笹原先輩は見たことないなぁ。まあ、そう頻繁に行く訳じゃないから、噛み合わなかったのかな』

「かもな。毎日手伝ってる訳でもないだろうし」

『で、行くの?』

「付き合ってくれるか?」

『いつ?』

「康平の都合が合えばでいい」

『じゃあ、今週末かな。ちょうど空いてるし』

「オッケ。悪いな」

『いいよ。細かいことは明日学園で』

「ああ。サンキュな」

 康平には借りを作りっぱなしだな。
 ともかく、野々花先輩との接点はできた訳だ。上手くいくといいけどな。



Side 野々花

 週末の私の日課は喫茶店のお手伝い。なんだけど、今日は喫茶店のカウンター席に座って友達を待ってるの。

 カランカラン

 喫茶店が開くベルの音がした。私が待っていた友達だった。

「文緒ちゃん」

「あ、野々花さん。こんにちは」

「いらっしゃい。ごめんね、わざわざ来てもらって」

「いえ。この辺りにはよく来ますし」

 酒井くんのお家が近いから。文緒ちゃんと酒井くんのお付き合いは学内でかなり有名で、文緒ちゃんは楽しそうだから、ちょっと羨ましいな‥‥。

「どうぞ、座って。コーヒーでいい?」

「はい」

 文緒ちゃんをテーブルに座らせて、私は二人分のコーヒーを淹れた。文緒ちゃんの向かいに座る。

「ありがとうございます。お金は」

「いらないよぉ。ゆっくりしていって」

「ありがとうございます。でも、二人で話をしたくて私を呼んだのでは?」

「ああ‥‥うん。そうなんだけど」

 ちょっと言葉を濁してしまう。文緒ちゃんははてと可愛らしく首を傾げてる。

「ええっと、聞きたいのはね、文緒ちゃんと酒井くんのことで‥‥学園じゃ話しにくいと思って」

「私と康平くんの‥‥?」

 文緒ちゃんはまだ首を傾げてる。う〜ん‥‥可愛いとは思うけどなぁ‥‥私にそれほど余裕がない訳で。このお話は、私にとっては恥ずかしいから‥‥。

「康平くんの‥‥どういうことでしょう?」

「ええっとねぇ‥‥」

「‥‥お付き合いしていることですか?」

「う〜ん‥‥似たようなことかな」

「康平くんを知ってるんですか?」

「ううん。殆ど話したことはないよ。ご近所さんってことは知ってるんだけど」

「う〜ん‥‥康平くんが野々花さんのことを聞いてきたので、お知り合いだと思ったんですが」

「私のことを?」

「はい。何でも、野々花さんのことを知りたがっている方が」

 う〜ん‥‥私のことを知りたがって?誰が?

「誰だろう?まさか酒井くん本人の筈はないだろうし」

「はい。ご友人のお願いだと聞いてますよ」

 じゃないと文緒ちゃんが怒るよねぇ。文緒ちゃんが怒るとちょっと怖いし。

「ええっとね‥‥酒井くんとはどうやってお付き合いを始めたの?」

「‥‥康平くんの告白がきっかけではありましたね」

 文緒ちゃんから告白するとは思えないよね。

「二人で何したの?」

「遊びにはよく行きますよ。外出することが増えたとまで言われますし」

「いいなぁ‥‥」

「‥‥はて?」

 文緒ちゃんがまた首を傾げる。

「もしかすると、ですが、誰か気になっている方がいるのですか?」

「えっ?ええっ!?」

「‥‥ふふっ」

 文緒ちゃんはおかしそうに、楽しそうに笑う。

「なんだか、そんな気がします。そわそわして、落ち着かなくて」

「‥‥うん」

「康平くんのことを知ってから、それから毎日見かけるようになって、意識し始めて‥‥私も落ち着かなかったですから」

「い、言わないでね?」

「協力しますよ?」

「う、嬉しいけど‥‥」

 私もどうしたらいいかわからないのに‥‥。

「どなたが好きなんですか?」

「ち、直球だなぁ‥‥」

「どなたかわからないと対応できませんので。私が知っているかもしれませんし、私が知らなくても康平くん経由で話ができると思います」

 文緒ちゃんって、恋愛に積極的なんだなぁ‥‥初めて知ったよ。

「どなたですか?」

「‥‥上木拓真くんって、知ってる?」

「‥‥名前は聞いたことがあります。どこで聞いたんでしょう?」

 文緒ちゃんはあんまり知らないみたいだね。よかったような、残念なような‥‥。

 カランカラン

 お店の扉が開いた。今日は手伝いから外れてるのに、つい癖で視線を向ける。見知った顔‥‥って!

「ええっ!?」

「‥‥あら?」

「フミ?」

 さっきまで話してた二人、上木拓真くんと酒井康平くんだった。

「ええと‥‥ええっと‥‥」

「落ち着いてください、野々花さん。幸いにも康平くんがいますので、私が何とかしましょう」

 文緒ちゃんは小さく笑ってから、酒井くんを手招きした。酒井くんも何か察したらしく、すぐに近寄ってきた。

「座ってもいいですか?」

「はい。構いませんよ。コーヒーでいいですか?」

「うん。拓真は?」

「あ、俺も同じで」

 文緒ちゃんは私に頷く。私はコーヒーを淹れにキッチンに戻った。文緒ちゃんはきっと、コーヒーを淹れる間に落ち着いて、って言いたかったんだよね。

「す〜‥‥は〜‥‥」

 深呼吸〜‥‥深呼吸〜‥‥。



Side 拓真

 康平と一緒に喫茶店に来た。ただ、村上先輩が先客で来ていて、何故か野々花先輩は慌てていた。康平と村上先輩は慣れてるのか、さらっとコーヒーを促して野々花先輩がキッチンに引っ込んだ。

「なんだよ。村上先輩がいるって知ってたのか?」

「知らないよ。用事があるとは言ってたけど。それに、フミだって知らなかったみたいだし」

 それにしては、村上先輩落ち着いてるなぁ‥‥。

「康平くんと上木くんは、どうしてここに?」

 どう答える?まさか、本当のこと言う訳にはいかないし‥‥。

「家にいたんだけど、息抜きしたくなってね。で、ここに来たんだよ。フミは?」

「野々花さんに誘われて」

「そっか。邪魔しちゃったかな?」

「いえ。ちょうどよかったと思います」

 ちょうどよかった?どういう意味だ?つうか康平、よくそんなアドリブできるな。

「時間があれば寄って帰ろうと思っていたんですが、私こそ迷惑ですかね?」

「ん〜‥‥いいよ。送っていく」

「ありがとうございます」

 ‥‥勝手に話が進んでないか?二人の仲がいいのはわかるけどさ。

「そういうことだから」

「いや、ちょっと待てよ」

 小声で話しかけてきた康平に小声で返す。

「その方がいいでしょ。邪魔者は退散するから」

「‥‥まあ、そうかもしれないが」

「んじゃ、そういうことで。その状況までは付き合うからさ」

「ふふ‥‥あ、野々花さん」

 野々花先輩がカップを2つ持って戻って来ている。教えてくれたみたいなタイミングだったな。

「お待たせ〜。ゆっくりしていってね」

「ありがとうございます」

 康平がコーヒーに口をつける。こいつ、ホントに慣れてるよな。

「‥‥うん。美味しいです」

「おじいちゃんが淹れてくれたコーヒー、美味しいよね」

「はい」

 康平の好みってコーヒーだったか?よく覚えてないが。

「ええっと‥‥もしかしてだけど、私が誘ったから来てくれたのかな?」

 野々花先輩が俺に言っていることはすぐにわかった。

「まあ‥‥そんなところです。康平とは元々」

「仲がいいので、息抜きに行ってみようってことになりました」

「ああ、そうなんだ。今日だけじゃなくて、また遊びに来てね」

「はい」

 なんだ、思ったより普通に話せるな。康平のフォローもあるが、俺が気にし過ぎてるだけか。

「笹原先輩は拓真と仲いいんですか?」

「ちょっ‥‥おい」

「いいから」

「う〜ん‥‥私って、後輩とはあんまり関わりないんだけど、拓真くんとは一番関わりあるかな」

「なるほど。どこか遊びに行くとかは?」

「そうだね。拓真くん、今度どこか行こう?」

「あ、はい。喜んで」

 ナイス!この慣れてる感じが何ともあれだが、とにかくナイスだ!

「ええっと‥‥文緒ちゃんと酒井くんは?」

「‥‥私は構いませんが、すぐ別行動をとるかもしれませんよ?」

「もぉ!文緒ちゃんのいじわる!」

「ふふ」

 野々花先輩が頬を膨らませて村上先輩に抗議している。かわいいな‥‥。

「なら、予定を立てないといけませんね。そろそろ退散しましょうか?」

「だね。帰ろうか」

「えっ?文緒ちゃん?」

「上木くんと計画を立てないと、どこにも遊びに行けませんよ?」

「うっ‥‥」

「じゃ、拓真。お膳立てはしたからね」

「‥‥サンキュな」

「がんばって」

 康平と村上先輩は一緒に帰っていった。仲睦まじく、ちょっとした会話をはさみながら手を繋いで。正直羨ましいが、その状況を作る為にも今を何とかしないとな。

「どこか行きたいところはありますか?付き合いますよ?」

「‥‥ホント?」

「はい」

「じゃあ‥‥お買い物に行きたいな」

 来週、俺は野々花先輩と二人で出かけることになった。実質デートだよなぁ‥‥。



「さあて‥‥」

「ふふ‥‥あのお二人、上手くいくと思いますか?」

「あれ?」

「気付きますよ。どこかすれ違っているみたいですが」

「あはは。上手くいくといいねぇ‥‥」



Side 野々花

 今週末に拓真くんとお出かけすることになった。のはいいんだけど‥‥どうしたらいいのかわかんない!文緒ちゃんに聞いても自然体で大丈夫です、としか言わないし‥‥こうなったら、あの娘に聞く!

「砂夜ちゃ〜ん!」

 新聞部の部室に飛び込んだ。砂夜ちゃんは眼を丸くしている。

「‥‥どうしたのかしら?」

「砂夜ちゃんに相談があるの〜!」

「もぉ‥‥今は一応部活の時間だけれど」

「‥‥ダメ?」

 上目遣いに頼むと、砂夜ちゃんは困ったように視線を動かした。

「ごめんなさい。海夜くん、少しはけてくれる?」

「‥‥だと思いました」

 伊藤海夜くんは手荷物を手早く纏めた。

「終わったら連絡ください」

「ごめんね〜」

「いえ。ごゆっくりどうぞ」

 伊藤くんは部室から出ていった。砂夜ちゃんは息を吐いて私を見た。

「野々花の頼みだから聞いてあげるけれど、こういう行動は控えてほしいものね」

「ありがと〜」

「それで、相談って?」

「うん。あのね、今週拓真くんとお出かけすることになったんだけど」

「‥‥野々花といい私といい、文緒さんもそうね。どうして後輩となのかしら?」

「‥‥うん?なんで?」

「いいえ。何でもないのよ。それより、拓真くんとならいいじゃない。何か不満でもあるの?」

「‥‥ううん。ないんだけど」

「‥‥ふぅん。なるほど‥‥」

「な、何が?」

「素直じゃないのね」

「だから何が?」

「好きなんでしょう?彼のことが」

「‥‥うん」

 砂夜ちゃんにはバレバレみたい。砂夜ちゃんならいいけど。

「砂夜ちゃんはさ、さっきの彼とどう?」

「あなたと似て素直じゃなくてね。からかいがいはあるけれど」

「砂夜ちゃん、それ可哀想じゃない?」

「私は楽しいわ」

 わぁお‥‥流石砂夜ちゃん。

「ふふ。人の話を聞いても仕方がないわよ?あなたのことだから、文緒さんにも聞いたんでしょう?」

 読まれてる‥‥。

「何でわかるの?」

「だってあの二人は仲がいいもの。学園で有名なのも理解できるわ。誰にとっても、きっと羨ましく見えるわよね」

「‥‥うん」

「あれほどのカップルになれるかはともかく、付き合ってみないとわからないわよ?」

「砂夜ちゃん砂夜ちゃん。まだ付き合うって決まった訳じゃないんだけど」

「あら、そう?あなたの中では決定事項だと思っていたけれど」

 うう‥‥流石砂夜ちゃん。

「まあ、そのうち彼の方からアクションがある筈よ」

「そうかな?」

「あなたが言うお出かけが、まさにでしょうね。どういう形かは知らないけれど、『付き合ってるみたいね。拓真くんはどう思う?』なんてね」

「砂夜ちゃん、今の私のマネ?」

「音声にならないのが残念ね」

「メタ発言だよ?」

「気にしないのよ。私じゃなくて椎名さんと仲良しカードが出たことが不満、なんて思ってないわ」

「砂夜ちゃ〜ん‥‥」

「ふふ。冗談よ。気は紛れた?」

 なんだか砂夜ちゃんに引っかき回されたおかげで気が‥‥楽になった?

「大丈夫だとは思うけれど、がんばってね」

「うん。がんばる」

 砂夜ちゃん、なんだかんだで優しくて、頼りになるんだよね。



Side 拓真

 とうとうこの日が来た。康平のお膳立てもあって計画された、まあデートっぽいお出かけ。どこ行くかっていうと、普通にデパートに買い物に行くんだけどな。
 俺は待ち合わせ場所で既に野々花先輩を待っていた。

「ごめんね〜。待ったかな?」

「いえ。大丈夫ですよ」

 笹原先輩と合流して二人で歩き始めた。

「行き着けのお店なの。よく来るんだ」

「ああ、そうなんですか」

「う〜ん‥‥敬語ってやめない?酒井くんみたいに」

「野々花先輩がそう言うならやめますけど」

「じゃあやめ」

 即答だったな。まあいいや。

「じゃあまあ、砕けて話すけど」

「うん!」

 野々花先輩の行き着けというお店に入り、品物を見ていく。何を買うのかと思っていたら、調味料とか細かいものだった。

「ごめんね。付き合ってもらって」

「いえいえ。料理の為のもの?」

「うん。私、手先が不器用だから、練習してるの。今度試食してくれる?」

「もちろん!」

「正直に感想言ってね?」

「うん」

 野々花先輩の手料理が食べられるんだろ。こんなにいいことはないだろ。
 野々花先輩が買い物を進める間、会話を挟みながら俺は荷物を持っていた。まあ、俺は荷物持ちなんだが、康平もこんなことあったって言ってたな。

「ごめんね。持たせちゃって」

「ううん。このくらい何でもないよ」

「流石男の子だね」

 本当に細かいものしか買ってないからな。
 のんびりと買い物を済ませ、野々花先輩の祖父が経営する喫茶店に行くことになった。野々花先輩は料理すると張り切っている。
 けど、ま‥‥その前に言っておかないといけないよな。

「野々花先輩」

「あっ、なあに?」

「いきなりこんなこと言うと困るかもしれないんですけど‥‥」

「うん?」

「好きです」

「うん。私も好きだよ」

「‥‥は?」

「えっ?あれ?」

 いや、おい、自分で言ったことわかってるよな?

「ちょっ、ちょっと待って!後輩とかお友だちとかそういう意味じゃなくて‥‥異性としてってこと!?」

「はぁ‥‥」

「い、いや、違うの!嫌いとかじゃなくて、好きっていうのは本当で、私も‥‥あっ!」

 驚いたり慌てたり、忙しい人だな。これが素なんだろうな。

「自分で言っちゃった‥‥うん。私も好きです」

「そう‥‥なんですね。それなら‥‥俺と付き合ってくれませんか?」

「‥‥うん。でも、ちょっと待ってほしいな」

 待つ?

「手先が不器用っていうのは言ったよね。陶芸部にいてもちっとも上手くならないし、料理も下手だし‥‥でも、だからこそちょっと待ってほしいなって。私が料理上手になるまで」

 ああ、そういうことか。

「言っておくけど、これは女のプライドとして譲れないの。私、こう見えてけっこう頑固なのよ?」

「‥‥わかりました。それなら、待ちます。だから、早く上手になってくださいね」

「うん!その為にも、試食をお願いしたいなって」

「もちろん!」

 こうして、俺と野々花先輩の関係はひとまず友だち以上恋人未満になった。まあ、料理が上手になるまでだから、そんなに時間はかからない筈だ。



 そう思っていた俺がいたことを、俺は遅まきながら後悔した。



 週明け、学園で。

「た、拓真!?」

「お‥‥おぉ、康平‥‥」

「大丈夫‥‥?顔が青く見えるけど‥‥」

 間違いじゃないなぁ‥‥。

「‥‥村上先輩はさ、料理得意か?」

「‥‥?得意って程じゃないと思う。練習してるって言ってたけど」

「‥‥そうか。俺は手料理食べたことないけど、上手い方だろうから心配するな」

「は?どういう意味?」

「はは‥‥」



「‥‥料理が上手になるまで、付き合わないことにした?」

「うん。女のプライドとして」

「‥‥一生無理なんじゃないかしら?」

「砂夜ちゃ〜ん!」


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あきゅろす。
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