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小説‐ガールフレンド(仮)
山頂の天体観測 【文緒・砂夜】
Side 伊藤海夜

 聖櫻学園2年の教室、俺の友人の酒井康平はいつも通り図書室に向かおうとしていた。

「酒井」

「ん?なに?海夜」

 俺が声をかけると、酒井は素直に立ち止まった。

「今日も図書室か?」

「そうだけど、海夜は部室じゃないの?」

「今はネタ集めの取材でな。記事は書いてないんだよ」

「天体観測、だっけ?」

「ああ。今日は天気がいいから予定通り行われるだろうし、学園の屋上じゃなくて山頂で行われる。おまえとあの人も来ないか?」

「ん〜‥‥聞いてみないとわからないけど、人が多いんじゃない?ゆっくりできないと思うんだけど」

「天体観測でしかも夜だから、騒いでる世間知らずはいない。橘先生も引率で付いてきてるしな」

「ああ、なるほど。でもねぇ‥‥見られてるとなると」

「それはある。星見ろってんだよ」

「いや、イチャイチャしてたら星見てないよね?」

「‥‥悪い」

 否定はできなかった。まあ、部長から砂夜さんになった時点で他のこと意識してられないんだよな。

「まあ、海夜の狙いは俺たちもいれば視線が分散される、ってとこ?」

「いや、違うけどな」

「じゃあなに?」

「単純に誘ってるだけだ」

「‥‥違うだろうけどねぇ。まあ、話してはみるよ」

「ああ。頼んだ」

 気付かれてるだろうな。まあ、そういう仲だし、別にいいだろ。



Side 酒井康平

 俺は図書室に入った。いつも通りフミの姿を確認していつもの椅子に向かおうとした。けど、フミと眼が合って手招きされた。

「どうかした?」

「今日、何か予定はありますか?」

「ないよ?」

「じゃあ、今日の天体観測に誘われたんですが、一緒に行ってくれませんか?」

 おっと。フミの方から言ってくるとは思ってなかったよ。

「フミが行くって言うなら付き合うよ。夜だし、今日は山頂でするんでしょ?」

「はい。よく知ってますね」

「まあ、俺もその話しようと思ってたから。一旦家に帰るよね?」

「はい。私服で参加していいようなので。待ち合わせはいつもの公園でいいですか?」

「うん」

 フミは嬉しそうに本を探し始めた。フミのことだから、星に関する本でも探してるのかな。
 今日は図書室を早めに閉めて、俺たちは準備の為にそれぞれ家に戻った。



Side 神楽坂砂夜

 山頂とは言っても、そう高くはないわね。山というより丘かしら。でも、ここから街を一望できるのね。こんな絶好のスポットを聖櫻学園の貸し切りにできるなんて、どんな資金援助があるのかしらね。
 まあ、聖櫻学園のことはさておいて、天文部の方たちが天体観測の準備を着々と進めている。今日は天気もいいし、無事に星空が見えそうね。

「景色を比べれば、学園の屋上より雰囲気ありますね」

「そうね。海夜くん、きちんと準備してきた?」

「どっちのですか?」

「両方よ」

「まあ、してますよ」

 素直じゃないのは相変わらずな私の恋人、伊藤海夜くん。素直じゃないところも嫌いではないのよ?

「そういえば、俺の友人が来るって連絡ありましたよ」

「酒井さん?それなら予想通りよ?」

「‥‥どういう意味です?」

「あなたが酒井さんと友人のように、私も友人なのよ?」

「なるほど」

 彼女らしく、天体に関する本でも持って来るんじゃないかしら。

「今日は晴れてますけど、以前と比べてどうなんです?」

「あの日はある意味異常だったそうよ。あんな日はそうある訳ではないわ」

「そうですか。そろそろですかね?」

 天文部の準備は終わりかけで、聖櫻学園の生徒も続々と集まり始めている。

「海夜くん。取材に動き出して」

「はい」

 天文部の方たちを中心に話を聞いて回る。どうやら、この山頂から見る景色は街の光も合わさってより綺麗に見えるらしいわね。

「あ、砂夜さん」

「あら。よく来たわね。文緒さん」

「はい。冬の夜空は素敵だということで、楽しみたいと思うのですが」

「ええ。もうすぐ準備が終わるみたいだから。
 酒井さんもこんばんは」

「こんばんは。取材ですか?」

「取材半分、お楽しみ半分よ」

「ああ、なるほど。海夜もそんな感じでしたね」

「そう?素直じゃなくてねぇ‥‥」

「‥‥何の話してるんですか?」

 あら。噂をすればなんとやら、ね。

「伊藤くん。こんばんは」

「こんばんは、村上先輩。あとで取材に行きますね」

「やっぱりそうなんだ?」

「まあ、そう言うなよ」

 仲がよくてなによりね。

「天文部の皆さんが説明を始めるみたいです。聞かないといけませんよ」

「そうね」

 天文部の方たちの説明を静かに聞き、橘先生の注意事項を受け止め、天体観測が始まる。
 生徒たちは静かに、だけどどこか浮かれて天体観測を始めていた。

「海夜くん。今回は取材を」

「わかりました」

 私たちはお仕事をしてから。お楽しみは、後に取っておくものね。



Side 村上文緒

 素敵な星空が見えると友人の砂夜さんに話され、素直に行ってみたいと思ったことがきっかけでした。康平くんは快く承諾してくれて、二人で天体観測を始めています。

「へぇ‥‥綺麗だね」

 康平くんはぼんやりと星空を眺めています。

「星は詳しいですか?」

「ううん。全然わからないけど、とりあえず綺麗ってことはわかるよ」

「ふふ。冬の季節ですから、オリオン座やおうし座、ふたご座が有名ですね。えっと‥‥」

 私もそこまで詳しい訳ではないので、持ってきている本を開きます。

「フミ?」

「えっと‥‥」

「まあ、見えないよね。この暗さじゃ」

 康平くんの言う通りです。天体観測を行う為に灯りは最低限しかありません。本の文字は見えません。

「ちょっと待って。確か‥‥はい、これ。ちょっとは見えるかな?」

 携帯用のライトを渡してくれました。

「準備がいいですね」

「フミが天体観測用の本を用意してたの見てたからね。見えないとは思ってたんだけど」

「ありがとうございます」

 ライトを当てて文字を追っていきます。

「読める?」

「はい。なんとか。あ、康平くん」

 康平くんの友人の伊藤くんが近寄って来ていた。

「本で星を調べてるんですか?」

「はい。知っていた方が楽しいと思いまして」

「なるほど。俺は毎回来てますけど、星については詳しくないですね」

「だろうなぁ‥‥」

「おまえもだろ」

 二人の仲はいいようですね。

「冬の季節の星座を探してみても楽しいと思いますよ。星の名前はわからないので、今調べているところですが」

「ふむふむ。見えてますか?」

「なんとかですが」

「ライトなんてよく持って来てましたね」

「康平くんが持って来てくれてました」

「なんだ、おまえか」

「なんだって何?」

「ふふ。あ、砂夜さん」

 話しているところへ、砂夜さんが近寄って来ていました。

「こんばんは。楽しんでいるかしら?」

「はい。砂夜さんは星詳しいですか?」

「いいえ。あなたのように調べないとわからないわ」

「そうですか。取材ですか?」

「話は彼が聞いていたと思うけれど」

「取材か怪しいやり取りだったけど」

「俺はああやってんだよ。別にいいだろ」

 メモをしていたのでそうだと思っていたのですが。

「海夜くん。そろそろいいかしら?」

「ああ、はい。わかりました」

「ごゆっくり〜」

「おまえもだろ」

「砂夜さん。また後ほど」

「ええ」

 砂夜さんと伊藤くんが離れて行きます。康平くんが私の隣に座りました。

「ふぅ。取材狙いだったか〜。まあ、いいけど」

「友人ですから。それに、この星空を紹介してくれた訳ですし」

「そうだね。フミは楽しんでる?」

「はい。綺麗な星空ですから」

 本当に綺麗な星空です。つい、上を見てしまいます。

「ね、フミ。何か飲み物ない?」

「あ、砂夜さんがコーヒー置いてくれていってますよ?」

 準備の良い方ですね、砂夜さんは。私もよくコーヒーか紅茶をいただきますし。

「へぇ‥‥じゃあ、もらおうかな」

「はい。どうぞ」

 二人でコーヒーを飲み始めました。



Side 伊藤海夜

 砂夜さんなのか部長なのか判断が付かないが、とにかく俺を呼びに来たってことは確かだ。あんまりあの二人を邪魔するのも悪いからな。

「どう?記事は書けそう?」

「大丈夫だと思いますよ。部長はどうです?」

「大丈夫よ。さて、私たちもゆっくりしましょうか」

「そうですね。けど、残念ながらもうそろそろ時間ですよ?」

 天文部の面々が片付けを始めている。今日は取材に時間がかかったな。

「‥‥そう。仕方ないわね」

「どうします?一言声かけて帰りますか?」

「野暮なことはしないの。あとでメールくらいは入れておくけれど」

「わかりました」

 荷物を纏めて帰り支度をする。酒井と村上先輩はコーヒーでも飲んでるらしかった。俺と部長はみんなより一足先に帰り始めた。

「よかったんですか?ゆっくりしなくても」

「いいわ。ゆっくり帰るから」

 俺と砂夜さんの歩は全く速くならなかった。時折空を眺めながら、白い息を吐く。

「今日は食べて帰って」

「いただきます」

 明日も学園だが、砂夜さんがこう言うからには仕方ない。パーティの後は酷く淋しくなると呟いていたのを、俺は覚えている。
 マンションまでゆっくり歩き、マンションに入る。砂夜さんがてきぱきと食事を用意して、二人で食事を済ませた。

「‥‥すぐ帰るかしら?」

「いえ。もう少しゆっくりします」

「そう」

 砂夜さんが小さく笑う。砂夜さんは淋しい時、自分を繕い切れずに素になる。今はそうなんだろう。

「今日は取材に集中したこともあって、あんまりゆっくりしてませんからね。暫くは」

 俺が最後まで言い切る前に、砂夜さんは動いていた。テーブルを挟んで向かいに座っていた砂夜さんが、俺の隣に動いていた。

「砂夜さん‥‥?」

「気付いているのでしょう?私が淋しがっていることを」

「‥‥まあ、気付いてます」

「そう‥‥それなら、私が一人になっても淋しくならないように、余韻を残していきなさい?」

 何をしろというのか‥‥。

「暫くは傍にいます。それじゃダメですか?」

「ダメね」

 おいおい‥‥というか、なんでここまで淋しく思っているかがわからない。何か理由があると考えるのが妥当だが。

「文緒さんと酒井さんは、仲がいいみたいよ?」

「あいつと同じにしないでくださいよ」

「‥‥そうね」

 酒井と村上先輩の影響か。あの二人、学園内じゃかなり有名なんだよな。

「村上先輩からよく話でも聞くんですか?」

「いいえ。文緒さんから話してくることはないわ。でも、何となくわかるでしょう?」

 まあ、わからなくはない。けどなぁ‥‥自分から、っていうのは、俺らしくないというか。

「ふぅ‥‥キスくらい、自分でしようとは言えないのかしら?」

「一人言にしては、声が大きいですよ」

 明らかに誘ってるんですが、これはどうするべきか。

「‥‥わかったわ」

 何をわかったのか、と俺が思考を巡らせる隙はなかった。軟らかい唇が俺の口を塞いだ。

「んっ!?」

「ふふ‥‥」

 唇はすぐに離れたが、その軟らかい感触は俺の唇に残っている。鼓動が加速し、真っ白になりかける頭を落ち着かせるように、声には出さず怒鳴り付ける。

「今日は、これくらいにしておいてあげる」

 そう言って、俺に体を預けてくる砂夜さん。あ〜あ‥‥これは当分帰れそうにないな‥‥。



Side 酒井康平

 天体観測を行っていた山頂も、今ではすっかり静かになっていた。ただただ、俺とフミの二人だけがベンチに座っている。

「みなさん帰りましたね」

「うん。気を使ってもらったかな」

 天文部の方々が片付けを終えると、みんながワイワイ帰っていった。橘先生からあんまり遅くならないように、と注意は受けたけどね。

「まあ、今日も送っていくからさ」

「ありがとうございます。でも、今日は一緒に来てくれてありがとうございました」

「いいよ。綺麗な星空見れたし」

「そうですね」

 ふと空を見上げる度に、満天の星空が眼に飛び込んでくる。

「はぁ〜‥‥」

 フミが自分の手に白い息を吐いていた。

「寒い?」

「みなさんがいなくなって、少し寒くなった気がします」

 確かにそうかもね。それなら‥‥俺はフミの肩に手を回した。

「こ、康平くん?」

 フミの後ろから、そっとフミを抱き締めた。お互いの顔が見えないように。

「女の子が体を冷やしちゃダメだよ」

「もぉ‥‥誰も見てないからって」

 そっと抱き締めるフミの体は細い。できるだけ優しく‥‥。

「そういえば、ですが」

「うん?」

「伊藤くんから砂夜さんの話は聞きますか?」

 話を逸らしたいのかな。それとも、ちょっとした照れ隠しで誤魔化したいのかな。

「ううん。海夜はそういう話しないよ。自分で避けてるみたいだけど」

「‥‥そうですか」

「それがどうかした?」

「いえ。砂夜さんはそういう話をしたがるので」

 へぇ‥‥海夜は神楽坂先輩のことあんまり話さないからねぇ。

「フミもそういう話は自分からしそうにないね」

「だって、恥ずかしいじゃないですか」

 ああ、なるほどね。フミらしいなぁ。

「あの‥‥そろそろ」

「うん?帰る?」

「‥‥そうですね」

 そろそろ離れてほしかったみたいだね。恥ずかしくなって、顔はいつも通りほんのり赤いのかな。

「じゃあ、帰ろうか」

 フミに手を差し出すと、フミは素直に手を取った。二人でゆっくり歩き始める。

「あ、歩いて帰ったらまたフミの体が冷える?」

「もぉ‥‥」

「あはは」

 俺はいつも通りフミを家まで送り、フミをぎゅっと抱き締めて家に帰った。


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あきゅろす。
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