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小説‐ガールフレンド(仮)
冬の天体観測
 天体観測は真冬の空で行うことになった。真冬に行うことは時期的にわかっていたが、流石に寒いな。

「は〜‥‥」

「息が白いわね。空は綺麗に澄んでいるけれど」

「晴れてますからね。天体観測には打ってつけですよ。寒いですけど」

 学園の屋上で天文部の面々が天体観測の準備をしている。俺と部長はその取材だ。もちろん、屋上にいるのは天文部の面々だけではない。他にも天体観測を楽しみにして集まった生徒がいる。一応、俺と砂夜さんもその一員に含まれる。

「じゃあ、この場にいる部員以外の取材をお願いするわ。私は部員の方に行くから」

「わかりました」

 早速取材に動く。天文部以外でここに集まった方々に話を聞いて回る。具体的には、友人の幼馴染みツンデレさん、ゲームが大好きな女の子、ちょっと体の弱い女の子、引率の先生、などなど。
 まあ、それなりに取材はできたし、悪くない記事が書けるだろう。あの部長が編集長な訳だから、面白味のない記事は絶対に書けないしなぁ‥‥。

「海夜くん、もう済んだ?」

「はい。大丈夫です」

「そう。もう始まるみたいよ」

「了解です」

 次第に、天文部から説明が始まった。いくつか設置された望遠鏡の使い方や、手持ち望遠鏡の配布で準備は整った。

「あっちに行きましょうか」

 部長に、いや、この場合は砂夜さんか?判断に迷う中、彼女が生徒の中から離れていくあとを素直に付いていく。

「やっぱり、寒いことは寒いわね‥‥」

「天体観測中の取材はしなくていいんですか?」

「聞いたところによると、こんなに綺麗に澄んだ空はなかなかないそうよ。そんな素敵な夜に、野暮はなしよ?」

「はぁ‥‥」

「野暮はなしよ?」

 はたしてどういう意図で言われているのか‥‥天体観測は今日限りではなく、今日を含めて数日続く。つまり取材は明日もできる。今日慌てて取材する必要がないことはわかるが‥‥。

「とりあえず、それぞれ楽しんでるみたいですね」

「‥‥ふぅ。直接言わないとダメなのかしら。それって罪深いと思わない?」

「はぁ‥‥」

「‥‥本当にわかってないのかしら」

 適当に誤魔化そうと思っていたが、そうはいかないらしい。俺は頭を掻いて口を開く。

「‥‥わかってますよ。とりあえず、座りませんか?」

 ベンチもいくつか用意されている。その1つに腰を降ろした。
 態々他の生徒から距離を取り、できるだけ見られないようにしている配慮はわかる。まあつまり、今日は素敵な夜だから、部長としてではなく、神楽坂砂夜でいたいのだろう。

「熱いコーヒーでもあればいいんですが」

「ふふ‥‥飲み物は私の担当よ。ちょっと待って」

 砂夜さんは手持ちのバッグからポットを取り出し、コップにコーヒーを淹れた。

「はい」

「ありがとうございます。準備いいですね」

「これくらいはね。食事はマンションに戻ってからよ?」

「ここで食事するのはマナー違反ですよ」

 他の生徒から白い目で見られるだろ。

「ふふ‥‥」

 砂夜さんは空を見上げ、おそらく無意識に笑みを溢していた。機嫌がいいのは、滅多にないのだろう素敵な夜が原因か、それとも別の何かか‥‥。

「本当に素敵な、澄んだ夜空ね。こんなに満天の星々は見たことないわ」

 確かに、空には満天の星々が散りばめている。それも鮮やかに、星と星が共鳴するように。

「星は詳しい?」

「いえ。知ってるのは、砂夜さんが乙女座ってことくらいです」

「ふふ‥‥私もそう詳しい訳ではないけれど」

 上を向いたまま砂夜さんは言葉を紡いでいた。俺も上を向いたまま応える。

「それにしても‥‥本当に寒いわね。これだけ晴れていると仕方ないのかもしれないけれど‥‥」

「女性が体を冷やすのは、よくありませんね」

 俺はかばんからブランケットを取り出し、砂夜さんの肩にかけてやる。

「ブランケット‥‥?用意していたの?」

「はい。寒いとは思っていたので」

「案外気が利くのね。ありがとう」

 砂夜さんは機嫌よくブランケットを自分に巻く。

「海夜くんは大丈夫かしら?」

「問題ないですよ。コーヒーがありますし」

「そういえば、紅茶はあまり飲もうとしないわね。紅茶は苦手?」

「いえ。コーヒーの方が好みなだけです」

「そう。私は紅茶も好きだけれど」

「知ってますよ」

 マンションにはコーヒーと紅茶、両方必ず常備してあるからな。

「ふふ‥‥」

 砂夜さんが小さく笑っていると思ったら、俺の肩にもたれかかってきた。

「砂夜さん?」

「このブランケットも嬉しいけれど、俺が温めてやる、くらい言ってほしかったわね」

「言う訳ないでしょ」

「そう?人肌って温かいのよ?」

「‥‥経験あるんですか?」

「ないわよ。女性に聞くことじゃないわ。失礼ね」

「意味深な発言だったので」

 人肌って‥‥何を言ってるんだか。

「経験はないけれど‥‥こうしてあなたに寄り添うことは、何度かあるでしょう?」

「‥‥そうでしたね」

「あら?今度は照れてるのかしら?」

「‥‥違いますよ」

 やれやれだ。こんな会話は常日頃からだというのに、いつまでも慣れない。

「それにしても、珍しいですね。普段は人目を気にするのに」

「こんな素敵な夜に野暮はなし、そう言った筈よ?」

 あくまで、今日は二人で楽しみたいということだろう。そういう考えは決して嫌いではないが。

「砂夜さん」

 俺の肩にもたれかかっている砂夜さんに優しく語りかける。

「あら?何かしら?」

「今日の夜はいかがでしたか?」

「夜はまだまだこれからよ?」

「天体観測はもう終わりですよ」

 天文部の面々が片付けを始めている。砂夜さんは小さく息を吐き、体制を戻した。

「帰りましょうか」

「‥‥ええ。今日は何がいいかしらねぇ‥‥」

 一度夜空を見上げたと思ったら、既に砂夜さんは今日の食事を考えている。頭の切替が早いものだ。マンションで二人揃って食事を済ませ、俺は自分の家に帰宅した。

〜〜〜〜〜

 翌日、昨夜の晴天が嘘かのように空を雲が覆い尽くしていた。

「‥‥今日は星なんて見えないんじゃないですか?」

「そうね。全体で中止することになったみたいよ」

 まあ、仕方ないだろうな。とはいえ、天体観測はまだ予定されている。1日程度の中止は想定されていたのかもしれない。

「あら‥‥」

「どうかしました?」

「ほら、見て」

 小さな白い斑点が散っている。雪だった。

「雪ですか‥‥」

 砂夜さんは雪に手をかざしている。少し浮かれてるようにも見えるな。

「好きなんですか?」

「ええ。冬の季節は好きよ。夏は暑くて苦手だけれど」

 砂夜さんが雪で浮かれるのか。子どもっぽいところもあるんだな。

「しっとりと積もるかしら?」

「積もりませんよ。パラパラと降ってるだけじゃないですか。積もるならもっと深々と降らないと」

「夢がないのね‥‥まあいいわ。次の天体観測も、私のお相手よ?」

「わかってますよ、部長」

「もぉ‥‥」

 あまり素直になれないのは、相変わらず俺の方らしい。天体観測はまだ数日予定されている。

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