小説‐ガールフレンド(仮) 二人の年越し 大晦日。1年の締め括りの日。時刻は既に夕方、街は賑やかに慌ただしく、きっと朝から飽きることなく盛り上がっているんだろう。 「お〜‥‥賑やかだねぇ」 クリスマスの時も街は盛り上がり、次は大晦日。今年最後のイベントがいろんなところで行われているんだろうね。 俺はというと、何故かフミに呼び出されて待ち合わせの公園に向かっていた。今日の待ち合わせの時間はもう少し日が暮れてからだったんだけどね。 待ち合わせ場所に着くと、フミは公園のベンチに座って本を読んでいた。 「フミ」 「あ、康平くん」 俺が声をかけると、フミは顔を上げて本に栞を挟んで閉じた。 「すいません。急に呼び出してしまって」 「いや、家で暇してたからいいんだけど、確かに急だったね。どうしたの?」 「家でご近所の皆様が集まって酒盛を始めてしまう、というのは言ったと思うんですけど、もう始めてしまったので‥‥家から出られなくなる前にと思って出てきたんですが‥‥」 「‥‥まだ5時くらいだけど‥‥大変だね」 「‥‥はい」 ほとほと困ったという表情のフミ。まあ、仕事が休みだろうからね。 「まあいいや。寒いでしょ?行こ」 「はい」 フミと手を繋ぎ、俺の家に向かってゆっくりと歩き始めた。 因みに、俺の服装は呼び出されただけあって愛用のダッフルコートを羽織っただけ。フミは白のケープに膝までのスカート、タイツにブーツを履いている。そして、 「マフラー。使ってくれてるんだね」 「はい。康平くんからもらったクリスマスプレゼントですから」 「ありがと」 いつも通り談笑しながら歩いていると、俺の家が見えてきた。 「どうぞ」 家に上がり、部屋に案内する。フミが俺の部屋に入るのは初めてじゃない。因みに、初めて入った時にフミが掃除すると言い出し、それからはその状態を意地で貫いている。 「お茶でも持ってくるね」 フミが微笑んだのを確認して部屋を出た。俺の両親には簡単に事情を説明し、二人分のお茶を淹れて部屋に戻った。フミはケープを脱いでセーターを着ている状態で座っていた。 「お待たせ」 「いえ」 俺もダッフルコートを脱ぎ、お茶をフミと飲み始めた。 「俺の両親が先に鍋をつつくから、それまで待っててほしいって。それからは自由に使っていいってさ」 「そうですか。あとでお礼を言わないといけませんね」 「そうだね」 暫くは二人で談笑して過ごしていた。ゆったりと静かな時間が流れている。 日が暮れて辺りが暗くなった頃、時刻は7時を回っていた。その頃に親に呼ばれた。 「フミ。鍋、食べようか」 「はい」 俺の両親は既に食べ終わり、鍋を空けてくれていた。多分部屋で酒でも飲んでるじゃないかな。 俺とフミは鍋に具を入れて熱し、出来上がるのを待っていた。 「そういえばさ、フミは料理できるの?」 「‥‥可もなく不可もなく、でしょうか。普通だと思いますけど」 ん〜?今までフミの手料理食べたことなかったけど、自信ないのかな? 「ひょっとして、苦手?」 「ち、違いますよ。不味くはないです‥‥特に美味しくもないですけど」 あらら‥‥聞かない方がよかったかもなぁ。 「むぅ‥‥疑ってますよね?」 「疑うっていうか、聞かない方がよかったかなって」 「ちゃんと練習してるんですよ。‥‥あ」 あ、練習してるんだ。 「さ、そろそろいいかな〜」 「露骨に話を逸らさないでくださいよ〜!」 いや〜、意識して練習してるなら今後に期待します。 「もぉ‥‥あ、本当によさそうですね」 フミが二人分の鍋をお皿によそってくれた。 「いただきます」 二人で揃って食べ始めた。 「熱っ‥‥」 「猫舌ですか?」 フミは何でもないように食べていた。いや、熱いと思うけどなぁ。 二人でゆったりと鍋をつつき、先にフミのお箸が止まった。 「十分食べた?」 「はい。ごちそうさまでした」 俺はもう少し食べ進め、腹が十分に満たされたところで箸を置いた。 「うん。ごちそうさまでした」 「片付けはどうしますか?」 「水に浸けとけばいいってさ」 使った食器と鍋を水に浸け、俺の部屋に戻った。フミは熱いお茶をゆったりと飲んでいる。その仕草はとても落ち着いていて、こういうところは大人だなって思う。 「‥‥じっと見てますけど、どうかしましたか?私の顔に何か付いてますか?」 「落ち着いてるなぁと思ってね」 「‥‥いつも通りだと思いますけど」 キョトンと首を傾げるその仕草は、大人っぽく見えてたさっきとは打って代わって可愛らしい。 「いいよ。気にしないで」 「そうですか?」 とは言っても、フミは特に気にした様子もない。なんてことはないいつも通りの会話だからね。 そう。年末だからといって、俺たちは特に何かを特別にしてる訳じゃない。ただいつも通り、二人の時間をゆったりと過ごしている。 「フミ。膝枕」 「ダメです。寝ちゃうじゃないですか」 「う〜ん‥‥ダメ?」 「ダメです」 「もう一押し」 「ダ・メ・で・す」 「ちぇ〜」 「もぉ。送ってくれるんでしょう?」 「うん。もちろん」 「それなら寝ちゃダメじゃないですか」 「寝ないよ。膝枕だけ」 「そう言って今まで何度寝たんですか‥‥」 「そうだっけ?」 「そうです。だから今日はダメです」 フミの膝枕、気持ちいいんだけどな〜‥‥だから寝ちゃうんだろうけど。 「ふわぁ‥‥」 「もぉ‥‥欠伸しないでください。お腹いっぱいになって眠たくなったんですか?」 「ん〜‥‥そんなことになるのはめずらしいんだけどね」 「寝ないでくださいよ」 「寝ない寝ない。わかってるから」 フミと一緒にいるとウトウトすることはあるんだけど、今日はフミが寝ていいって言わないから寝ちゃいけないな。 暫く二人でまったりとした時間をのんびりと過ごしていた。 「康平くん。そろそろ」 「うん。送るよ」 時刻は23時頃、俺とフミは上着を着て家を出た。二人で手を繋いでゆっくりと歩いていく。 「明日のことで、一つお願いがあるのですが」 「うん?」 「明日初詣に行く前に、家まで迎えに来てくれませんか?」 待ち合わせ場所はいつも公園なんだけどね。 「いいよ。朝迎えに行けばいい?」 「はい。お願いしますね」 「何かあるの?」 「秘密です」 まあ、別にいいけど。 「ふぅん。秘密ねぇ‥‥」 「別に隠さないでもいいんですけど、何となく」 何となくねぇ。追究することじゃないけどね。 「まあいいや。明日わかるだろうしね」 「はい」 フミの家が見えてきた。明かりはもう消えている。 「やっぱり‥‥酔い潰れて寝ちゃっているようですね」 「はは‥‥もうすぐ年越しなのにね」 「仕方ありませんね。仕事が大変そうですから」 「なるほどねぇ。今日はもうすぐ寝るの?」 「そのつもりです。明日の為に」 「そっか。じゃあ帰ったら俺も寝ようかな」 「寝坊しないでくださいね」 「俺が遅刻したことあるっけ?」 「ありませんね」 うん。俺の記憶にもなかった。 ゴーーン 「あ‥‥」 鐘の音が響いた。年越しか‥‥。 「‥‥年が明けましたね。今年もよろしくお願いします、康平くん」 「こちらこそ、よろしくお願いします、フミ」 二人で微笑み合い、俺はフミとの距離をスッと詰める。フミも俺の意図を悟り、近寄ってきた。どちらからともなく、唇を重なる。 「ん‥‥」 少しして俺とフミは距離を戻す。フミの表情はほんのり赤く、微笑んでいた。 「じゃあ、また明日ね、フミ」 「はい。気を付けて帰ってくださいね」 「うん。おやすみ」 「おやすみなさい」 俺はフミに背を向けて歩き出す。フミはもう家に入っただろうな。肌寒い中、重ねた唇の暖かみによる余韻に浸りながら、俺は家に帰った。 [*前へ][次へ#] |