小説‐ガールフレンド(仮)
聖夜の隠し事
クリスマス当日。学園の賑やかな聖夜祭は終わり、これから二人だけの聖夜が始まる。
「フミ」
「あっ。康平くん」
待ち合わせ場所で俺はいつも通り5分前に着いたんだけど、フミは先にいた。これもある意味いつも通り。俺は青と黒のチェックのダッフルコートにジーパン、フミは黒のロングコートにタイツ、ブーツを履いている。
「寒くない?」
「大丈夫ですよ」
「じゃあ、行こうか」
二人で手を繋いで歩き始める。お互いの手はひんやりと冷たくて、少しずつ暖かみを帯びてくる。
「聖夜祭には行ったの?」
「一応は。あんまり長居すると衣装を着せられそうだったので、そそくさと退散しましたが」
よっぽど嫌だったのか。まあ、恥ずかしいよね。
「康平くんは行ったんですか?」
「行ったよ。友達と歩いてた」
「‥‥でれでれは」
「してません」
「冗談ですよ」
クスッと笑うフミ。まあ、いいけどさ。
「イルミネーションを見に行くんですよね?どこかおすすめはあるんですか?」
「ちょっと調べてみたし、聞いてもみたよ。静かに見られる場所があるみたいだから、行ってみようか」
「はい」
俺とフミは一緒に街中を歩いていた。街中にイルミネーションが彩られている。
「‥‥綺麗ですね」
「うん。スゴい賑わいだしね」
俺とフミは街の真っ只中にいる。静かなところが好きなフミにとっては、好みとは正反対な雰囲気だろうな。
「こっちだよ」
フミの手を引っ張って先導する。フミは何も言わずに付いてくる。
「初詣も毎年あれくらい人はいますよ」
「あれ?意外と平気?」
「静かな場所が好きですが、賑やかな場所が嫌いな訳ではありませんよ。でも、康平くんの心遣いは嬉しいです」
「そっか」
「それと、康平くんと二人で静かに過ごしたいとは思っていますよ」
照れながらそう言ってくれるフミ。そう言ってくれるなら俺も嬉しい。
「フミは今までクリスマスって何してた?」
「あんまり意識してなかったですね。基本的には家にいた気がします」
「そういえば、あんまり遅くなるとマズイよね?」
「う〜ん‥‥康平くんと一緒なら大丈夫じゃないでしょうか?」
「そう?」
「そう両親が言うと思います」
思わず唖然とした。そう言ってくれるのは嬉しいんだけどねぇ‥‥。
因みに、俺はフミの両親と面識がある。フミの家に遊びに行った時に面識をもった。逆パターンでフミも俺の両親と面識がある。
「まあ、ちゃんと家まで送るよ」
「ありがとうございます」
俺とフミは街中からそう離れていない小さな丘に来た。
「ここだよ。ほら」
「わぁ‥‥」
丘から街が一望できた。イルミネーションが上から綺麗に見える。
「綺麗だね‥‥」
雰囲気あるなぁ。街中で流れているジングルが聞こえるけど、他に音はない。フミと二人の空間ができていた。
「‥‥いいところですね。1年に一度、こうしてイルミネーションが彩られているんでしょうね」
「そうだね。クリスマスだし」
「こんな雰囲気で散歩するのも、悪くないですね」
「うん」
俺は相槌を打って荷物を探った。
「プレゼントですか?」
まあ、分かるよね。態々持って来てた訳だし。
「ここなら雰囲気あるし、ちょうどいいと思ってね」
「私は‥‥その‥‥」
「うん?」
フミが何か言いにくそうに言葉を濁した。
「あ、用意してない訳じゃないですよ?ただその‥‥ここでは渡せないというか‥‥」
「ええっと?」
「あ、あとで、家で渡しますから。それより、康平くんのプレゼントは何ですか?」
フミにしてはめずらしく強引に誤魔化した。まあ、無理に問い詰めることもないし、いっか。
俺はクリスマス用にラッピングされたプレゼントを取り出した。
「はい、これ。メリークリスマス、フミ」
「ありがとうございます。開けてもいいですか?」
「うん。いいよ」
フミが俺のプレゼントのラッピングを解いた。
「‥‥あら。マフラーですね」
フミは普段マフラーを使ってないからプレゼント。青と黒のチェック柄のマフラー。
「巻いてみますね」
首にマフラーをくるくると巻いて、フミはマフラーの感触を確かめる。
「似合いますか?」
「うん。似合ってる」
「暖かいですね。これから使わせてもらいますね」
「うん」
笑って応えると、フミも同じように笑った。
「ありがとうございます。えっと‥‥」
「フミのプレゼントは家なんでしょ?じゃあ、送るからさ」
「あ、はい。じゃあ、帰りましょうか」
「うん」
俺とフミはまた手を繋ぎ、フミの家に向けてゆっくりと歩き始めた。
「そういえば、大晦日の件はどうなりましたか?」
「フミが家に来るんだよね。大丈夫、親には言ってあるし、フミの分の鍋も用意してくれるって」
「お鍋ですか。いいですね」
「この時期は鍋いいよね。帰りは送っていけば問題ないし」
「お願いします。できれば、除夜の鐘の音を聞きながらがいいですね」
「そうだね」
年越しを二人で過ごすのか。ロマンチックではあるけど。
ゆっくり歩いてたけど、フミの家が見えてきた。
「今日は両親が夜勤で、まだ帰ってきてませんので」
「そうなんだ。クリスマスなのに大変だね」
「では、寒いので上がってください。どうぞ」
フミの両親がいない、フミと二人だけの家に上がり、フミの部屋に入った。
「お茶を淹れてきますね」
「うん」
綺麗に片付いていて、本の多い部屋。フミらしい部屋なんだけどね。
フミを待っているけど、フミは暫く戻ってこなかった。フミの部屋で一人なのは初めてじゃないけど、これほど長いのは初めてだった。
「‥‥すいません。お待たせしました」
フミの声で、俺は部屋の扉に目を向けた。扉がゆっくりと開き、恥ずかしそうにフミが姿を見せた。
「‥‥」
俺は思わず言葉を失った。何も言えずに固まってしまった。
「えと‥‥そんなに見ないでください」
「‥‥どしたの?その格好」
フミは赤いワンピースにベルトを巻き、半袖の赤いケープに赤い手袋、赤い帽子を被っていた。というか、サンタの衣装に着替えていた。なんで?
「いえ、その‥‥サンタの衣装は可愛いというので」
「家で着てみたと?」
「‥‥はい」
「ぷっ‥‥あははは!」
思わず噴き出してしまった。そんな一面あるんだね。
「わ、笑わないでくださいよ‥‥」
「あはは、ごめんごめん。ついビックリしちゃったよ。でも、可愛いよ」
フミは普段から大人っぽく見えるけど、こうして可愛らしい姿を見せてくれることがある。そういうところも面白いし好きなんだよね。
「似合ってるよ。はは、サンタ衣装なんてよく持ってたね。どうしたの?」
「‥‥今日、聖夜祭で望月さんに着てほしいと迫られて‥‥なんとか断ったのですが、この衣装だけ絶対似合うからと渡されて‥‥」
「あ〜‥‥流石望月さんと言うべきかな〜‥‥一応聞くけど、写真撮る?」
「‥‥怒りますよ?」
「聞いてみただけだよ。今日、フミの写真撮っておいてって言われてたから」
「‥‥私も一応聞きますが、誰にですか?」
「望月さん」
フミががっくり肩を落とす。望月さんも好きだよなぁ‥‥。
「まぁまぁ。そのサンタ衣装可愛いけど、寒くないかな?」
半袖だし、丈も短いしね。
「お茶あるんだよね?暖まるんじゃないかな?」
「あ、はい。そうですね」
フミはちょこんと座り、お茶を二人分淹れて一緒に飲み始めた。
「あはは、親いたら俺どうしたらいいかわかんなかったよ。まぁ、親がいたら着なかったと思うけど」
「着ませんよ。‥‥二人だけの秘密にしてくださいね?」
スゴイ得した気分です、はい。
「あ、違います違います。大事なことを忘れてますよ」
スッとフミはラッピングされたプレゼントを差し出してきた。
「サンタだからね。クリスマスプレゼントは忘れちゃいけなかったね」
「そうですよ。メリークリスマス、康平くん」
「ありがと、フミ」
俺はフミからプレゼントを受け取って中を確認しようとしたら、フミが止めた。
「マグカップなので、帰って開けてください」
「ああ、そうなんだ。うん、わかった」
じゃあ開封は家でのお楽しみと。
「その‥‥ビックリしましたよね?こんな姿で‥‥」
「驚かない人はいないんじゃないかな?」
「‥‥そうですよね」
少ししゅんとなるフミ。そんなフミとの距離を少し詰めた。
「でも、可愛いフミを見れたからオッケーだよ」
フミの頭を軽く撫でた。フミの表情がほんのりと赤くなる。
「その‥‥そんなに」
「うん?」
「‥‥頭を撫でられると、子ども扱いされているようで」
恥ずかしそうに俯いて小さく呟く。いや、うん。可愛いなぁ。
「じゃあ、こっちの方がいい?」
そっとフミの背中に手を回して優しく抱き締める。フミがわたわたと慌て始めた。
「わっ!わっ!こ、康平くん!?」
「ん〜?」
「もぉ‥‥」
観念したのか、フミは抵抗するのをやめて、俺の腕の中で小さくなっていた。
「‥‥これ以上はダメですよ」
「‥‥うん。わかってる」
フミがそう言うなら、その線は絶対に越えない。
「でも」
「はい?」
「写真くらい撮りたいかも」
「怒りますよ?」
「あはは‥‥」
フミって怒ったら口聞いてくれなくなるんだよなぁ。
「じゃあ、キスくらいは?」
「‥‥じゃあって」
呆れたように笑うフミ。写真がダメなのはわかってるけど、キスはダメかな?あ、一応言っておくけど、初めてじゃないからね。
「わかりました。なら、眼を閉じてください」
認めてくれたらしいので、俺は眼を閉じた。
「もう1つ、私からのクリスマスプレゼントです」
頬に軟らかな感触があった。俺が眼を開けると、フミはまたほんのりと赤くなっていた。
「ありがと、フミ」
「‥‥私だけですか?」
表情を更に赤らめてフミは言う。まあ、そんな挑発されて何もしない訳ないんだけどね。
フミの背中に回していた手を、首もとに移動させて顔を近付ける。フミの表情が赤くて可愛いけど、その表情も見えなくなるくらい近付いて‥‥唇を重ねた。
「ん‥‥」
フミの吐息が聞こえる。俺がそっと唇を離すと、表情を赤らめたままのフミがいる。
「もぉ‥‥」
「あはは。いつも通りだよ」
雰囲気がある分、いつも通りじゃないかもしれないけどね。
ポンポンとフミの背中を擦り、お互いの距離を戻した。それからは暫く談笑した。ただ、そういう時間はいつまでも続かない。だからこそ、今日を締めようとした。
「じゃあ、そろそろ帰ろうかな」
フミの親が帰ってきて、状況を説明するのが無理なのは眼に見えてるし。フミの両親が帰ってくる前に帰ろうかな。
「‥‥そうですね」
「フミも早く着替えないとね」
そう言うと、フミは苦笑いを浮かべた。
「今日はありがと。楽しかったよ」
「‥‥私は恥ずかしかったです」
フミが自分で着替えたのに。俺は可愛いフミが見れて満足だけど。
俺とフミは玄関まで降りて、もう一度フミと向き合った。
「次はいつ会えるでしょう?」
「う〜ん‥‥学院かな?」
「そうですね」
俺とフミはもう一度微笑み合い、フミは俺に手を振った。
「お休みなさい、康平くん」
「うん。お休み、フミ」
俺は玄関を開けてフミの家を出た。
二人で過ごした静かなクリスマス。あとはもう、年末年始を迎えるだけだ。
後日談
「ねぇねぇ、文緒ちゃん。あの衣装着てくれた〜?」
「着てません」
「え〜!もったいな〜い」
「‥‥望月さん。図書館ではお静かに」
はたまた
「酒井く〜ん。文緒ちゃん、サンタさんの衣装、着てなかった〜?」
「え。着てませんよ?」
「え〜?ホントに〜?」
「似合うとは思いますけど、残念ながら」
「う〜ん‥‥ざ〜んねん」
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