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小説‐ガールフレンド(仮)
図書室の華
 俺は学園の図書館に来ていた。宿題の研究課題で調べものができたからだ。

「‥‥思ったより広い図書室だな」

 俺が図書館に来るのは初めてじゃない。だが、本を借りる訳でもなく、調べものがあった訳でもない。目的を持って図書館に入ったのは初めてかもしれない。
 しかし、図書室がこれだけ広いということは、それだけコンテンツが充実しているのだろう。ただ、こうも広いと調べものを探せるかどうか‥‥。
 少し中を歩いたけどさっぱり分からなかった。誰かに聞いた方が早いな。
 ということで、学園の図書委員がいるカウンターに向かった。

「あ‥‥」

 綺麗な華だった。確かにそう見えた。淡い青色の髪を密編みにし、本を読んでいる女の子。名前は確か‥‥。

「あっ。本の貸し出しですか?」

 俺に気付いたのか、本に向けていた視線を上げた。澄んだ水色の瞳とピントが合った。

「あ‥‥えっと、ちょっと調べものがあるんですけど、どこにあるか分からなくて」

「そうですか。何の調べものですか?私も手伝いますよ」

 読んでいた本に押し花の栞を挟み、本を置いて立ち上がった。身長はそんなに高くないけど、ブレザーのスカートから見える足はスラリと長い。ブレザーが盛り上がった胸も眼につく。

「あの‥‥私の顔に何か付いてますか?」

「ああ、いやいや!」

 誤魔化すように慌てて首を振った。いかんいかん、見とれてたみたいだ。

「何の調べものですか?」

「日本の文学作品について研究課題が出たんです。その調べもので」

「ああ、なるほど。どんな作品がいいですか?」

「難しいものだと煮詰まりそうなので、簡単な作品が」

「それなら、宮沢賢治の注文の多い料理店なんてどうですか?有名な作品で、簡単に読めると思いますよ」

 そう言って、この広い図書館を迷いなく進み、一冊の本を手に取った。

「はい。どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

 俺はその本を受け取った。

「本の貸し出しの仕方は分かりますか?」

「いえ‥‥借りるのは初めてで」

「では、カウンターに」

 来た道を戻り始めた。少し後ろから声をかける。

「あの‥‥3年の村上先輩‥‥ですよね?」

「そうですよ。2年の酒井康平くん」

 あれ‥‥俺の名前‥‥。

「噂に少しだけ聞いたことがあって、名前くらいは知ってますよ」

「どうも‥‥村上先輩はずっと図書館にいるんですか?」

「暇な時は。図書委員ですから」

「本、好きなんですか?」

「はい、好きですよ。静かなところでゆっくりと本を読む時間は素敵です」

 へぇ‥‥。

「この機会に、本に触れてみてくださいね」

 村上先輩はちょっとだけ振り返り、俺に笑った表情を見せた。すぐにその表情は消え、村上先輩はカウンターの席に座った。
 簡単な手続きの後、俺は村上先輩に選んでもらった本を借りた。

「貸し出し期限は守ってくださいね」

 そう言い渡され、図書館を出た。村上先輩かぁ‥‥ネットが普及した中で、今時珍しい文学少女。本を読む横顔と、時々垣間見える笑顔が素敵な先輩だった。

〜〜〜〜〜

 図書館で本を借りて3日。本を読み終えて研究課題を済ませた俺は、図書館に本を返しに行った。
 カウンターに向かうと、3日前と同じ光景が見られた。村上先輩が静かに本を読んでいる。

「村上先輩」

「あ、酒井くん。本は読みましたか?」

 俺の姿を確認すると、村上先輩は押し花の栞を本に挟んだ。

「はい。研究課題も無事に」

「そうですか。よかったです」

 俺が返した本の手続きをテキパキ終わらせ、村上先輩は立ち上がった。

「もう大丈夫ですよ。返却完了です」

「あっ、えっと、もしよければ、他の本を紹介してくれませんか?別の本が読んでみたくて」

「いいですよ」

 歩き出した村上先輩に付いていく。俺が読んだ本を元の場所に戻し、別の本を手に取った。

「はい。次はこれでどうでしょう?」

「ありがとうございます」

 本を受け取ると、村上先輩は笑顔を見せた。

「本に興味が持てましたか?」

「はい。面白かったです」

「よかった」

 にこりと微笑むその表情は、本を読んでいるだけの村上先輩からは想像できない素敵な表情だった。
 カウンターで貸し出しの手続きを済ませ、村上先輩はまた笑った。

「また来てくださいね」

 それから、暇さえあれば図書館に行くようになった。図書館の椅子に座って静かに本を読んでいる。
 俺が図書館に行った時は、村上先輩は必ずいた。カウンターで静かに本を読んでいた。俺のことに気付いているかは分からないけど、時々カウンターで貸し出しの手続きをする時だけ顔を合わせていた。
 ある日のこと。毎日のように入り浸っている図書館で、いつものように本を読んでいた。すると、俺の静かな空間の中で肩をつつかれた。

「はい?」

「こんにちは」

 村上先輩だった。俺は慌てて本をたたんだ。

「む、村上先輩!?」

「ああ、栞は大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫です‥‥そ、それより、どうしたんですか?」

「そろそろ図書館を閉める時間ですよ」

 いけね。本に入り込んでいたらしい。時間を全然気にしてなかった。

「すいません」

 俺は本をかばんに直し、立ち上がった。

「せっかくなので、一緒に帰りませんか?」

「えっ‥‥い、いいですよ?」

「じゃあ、ちょっと待っててください」

 凄いことをサラッと言わなかったか?何とか態度に出ないように返せたか?
 カウンターの傍に置いてあったんだろう、かばんを持って村上先輩が寄ってきた。

「じゃあ、帰りましょう」

 俺は村上先輩の隣で歩き始めた。いや、スゴい状況じゃないか、これ?村上先輩と帰るって‥‥。
 学園から出て、ゆっくりとしたスピードで村上先輩と歩いている。

「最近は毎日のように図書館に来てますね」

「気付いてたんですか?」

「はい」

 気付いてもらえていることが嬉しいような恥ずかしいような‥‥。

「本に興味を持ってくれる人が増えるのは嬉しいです。何かオススメの本があれば教えてくださいね」

「はい」

 そんな本があるといいけど。

「そういえば」

 何かを思い出したように村上先輩は言った。

「酒井くんは、恋愛に興味はないんですか?」

「はっ!?」

 思わずとんでもない声を出してしまった。でも、とんでもないことを聞いてきた村上先輩は何を言ってるんだ?

「‥‥そんなに驚くことでしたか?」

「い、いや。村上先輩と恋愛ってなかなか結び付かなくて‥‥」

「そうなんですか‥‥?」

「は、はい」

「‥‥私だって、人を好きになりますよ」

 顔を逸らして、恥ずかしそうに俯いていた。こんな村上先輩は初めて見る。

「俺も‥‥恋愛に興味がない訳じゃないです。ただ、その‥‥恋愛の相手がいないので‥‥」

「‥‥」

 村上先輩が黙ってしまった。俺も上手く言葉が見付からない。

「‥‥好きな女性の方はいないんですか?」

「えっと‥‥いますよ」

「‥‥そうですか。上手くいくといいですね」

 ゆっくりとしたスピードが更に遅くなる。お互いに足が重い。雰囲気が一気に悪くなった感じだ。でも、村上先輩はなんであんなことを聞いてきたんだ‥‥?俺は‥‥この人のことが‥‥。
 ゆっくりと分かれ道に差し掛かった。

「私はこっちなので」

 俺とは逆方向だった。村上先輩とはここで分かれることになる。その前に‥‥俺は意を決した。

「あの!」

「はい?」

「その‥‥さっきの恋愛の話なんですけど、俺の好きな人は‥‥村上先輩なんです!」

「‥‥」

 俺の言葉に村上先輩が止まる。俺に気にする余裕はなく、更に言葉を紡ぐ。

「その‥‥本を読んでる村上先輩とか、笑ってる村上先輩とか‥‥凄く素敵で、何度か見とれることもあって‥‥上手く言えないですけど、いつの間にか村上先輩のことが気になるようになってました」

「‥‥ありがとうございます」

 村上先輩は笑っていた。

「そんなふうに言ってくれて、凄く照れくさいです。でも‥‥酒井くんから言われると、凄く嬉しいです。ありがとう」

 笑っている村上先輩は俺に背を向けた。

「また明日、図書館に来てくださいね。待ってますから」

「あ‥‥はい。行きます」

「約束ですよ。さよなら」

「さよなら‥‥」

 村上先輩は足を速めることなく、いつも通りのスピードで歩いていた。何か‥‥認めてくれたのかな?

〜〜〜〜〜

 村上先輩に告白した翌日、約束通り図書館に行った。いつも通り本を読むけど、どこか落ち着かない。眼で村上先輩を探してしまう。村上先輩はいつも通りカウンターで本を読んでいる。

「‥‥ふぅ」

 息を吐いて気を入れ直し、本に集中した。

〜〜〜〜〜

 暫くして、図書館が閉まる時間が近付いてきた。立ち上がり、カウンターに近寄った。

「村上先輩。そろそろ閉館ですよね?」

「そうですね。なら、帰りましょうか」

 村上先輩はかばんを持って俺の隣に並んだ。

「どうかしました?」

「い、いや。帰りましょう」

 何気なく、今日も一緒に帰るんだな‥‥並んで歩き始めた。学園の外に出ると、村上先輩が口を開いた。

「昨日は驚きました。いきなりだったので」

「う‥‥すいません」

「いえ。初めてではないので」

「‥‥告白されるのがですか?」

「はい」

 ま、まあ、そうだよな。村上先輩は綺麗だし。

「でも、いつも断ってました。私、素直になれなくて、想いに応えられないと思って」

「‥‥そうですか」

「でも、昨日の酒井くんの告白は、何だかドキドキしました。顔、赤くなってませんでしたか?」

「い、いや‥‥そこまで見てなくて」

 俺も慌ててたからな。

「よかった。それでですね‥‥酒井くんになら、素直になれるかなって思うんです。昨日の告白は‥‥とても素直に受け入れられたので」

「じゃ、じゃあ‥‥村上先輩。俺と付き合ってくれませんか?」

「‥‥はい。よろしくお願いしますね、酒井くん」

 それから俺はずっと浮ついていた。分かれ道で村上先輩と分かれた後もどこか落ち着かない。あの村上先輩と付き合うことになったんだよな‥‥。

〜〜〜〜〜

 それから、ほぼ毎日図書室に行き、ほぼ毎日村上先輩と一緒に帰るようになった。それ以外にもメールや電話で連絡を取り合うようになっていた。
 ある日の帰り、村上先輩と一緒に帰っていた時に、村上先輩から切り出した。

「明日の休み、空いてますか?」

「空いてますけど‥‥どこか行きますか?」

 村上先輩から切り出されるとは思ってなかったけど、一緒に出掛けたいと思っていた。いい機会だ。

「はい。本屋に新しく本が加入されるので、一緒に行きませんか?」

 村上先輩はあくまで本が好きなんだな。それでいいと思う。

「いいですね。一緒に行きましょう」

 それから明日の予定を簡単に決め、それぞれ帰路についた。
 翌日、俺はジーンズにシャツ、その上からジャケットを羽織って全身を鏡で確認した。おかしくないよな‥‥?なんてったって、今日は初めてのデートだろ。お互い言わなかったけど、村上先輩も意識はしてる筈だ。
 5分前に待ち合わせ場所に着くように家を出た。予定通り5分前に待ち合わせ場所に着いた。

「おはよう、酒井くん」

「おはようございます。早いですね」

「そんなつもりはなかったんですけど、待ちきれなかったみたいです」

 小さく照れるように笑った。

「私服姿は初めて見ますけど、凄く似合ってますね」

「そ、そう?何だか照れます‥‥」

 白いブラウスにピンクのショートカッター、少し短めの緑のスカート。村上先輩らしく大人な私服だ。

「じゃあ、行きましょうか」

 俺は手を差し出した。照れくさいのを必死に圧し殺していると、柔らかい手の感触があった。

「‥‥」

 村上先輩は顔を逸らしていた。照れくさいのはお互い様らしい。
 歩き出した。少し歩いて、クイクイと俺の手が引っ張られた。

「酒井くん」

「はい?」

「酒井くんは、敬語で話しづらくないですか?」

「あ〜‥‥村上先輩がずっと敬語だったので、俺もそうしてるんですが」

「やっぱりですか。いいですよ。敬語じゃなくても。恋人同士なんですから」

「それなら、村上先輩が」

「私は敬語が素なので」

 そうだったのか。ずっと気を遣わせてるとばかり思ってたけど。

「私は気にしないので、砕いて話していいですよ」

「いいんですか?」

「いいんです」

 なら、敬語は終わりにしよう。

「じゃあ、遠慮なく。でもそうすると、呼び方も変える?名字じゃなくて、名前にするとか」

「‥‥なんて呼ばれたいですか?」

「呼ばれたいって言われると‥‥でも、名字より名前がいいなって」

「なら‥‥康平くん?」

 うわぁ‥‥凄くいい。名字で呼び合うのが嫌だった訳じゃないけど、村上先輩に名前で呼ばれるのは凄くいい。

「な、なら、俺はなんて呼べばいい?文緒さん?」

「‥‥何だか堅苦しいですね」

 確かに。俺もそう思う。

「‥‥フミ」

「え?」

「フミ‥‥って呼んでください」

「‥‥フミ?」

「はい。何ですか、康平くん」

 おお‥‥凄くいい。名前で呼び合うのって凄くいい。

「より恋人になれた感じですね」

「そ、そうだね」

「‥‥やっぱり、康平くんが相手なら素直になれる気がする」

「そう?」

「‥‥多分」

 フミの表情はほんのり赤かった。照れてるのを見てると、普段大人っぽいフミが幼く見えて可愛い。

「あっ、着きましたよ」

 嬉しそうに少し小走りになるフミに付いていく。本屋に入り、フミは楽しそうに本を見て選んでいた。俺も適当に本を選ぶ。何だかんだで、随分本を読むようになったからね。

〜〜〜〜〜

 暫くして、俺とフミは本屋を出た。

「‥‥ごめんなさい」

「えっ?どうしたの?急に謝って」

「‥‥途中から夢中になって‥‥荷物まで持たせて」

「いいよ、これくらい。楽しそうなフミも見られたしね」

 本を選ぶフミは本当に楽しそうだった。心から本が好きなんだって思う。

「ちょっと休憩しようか。喫茶店にでも入る?」

「‥‥はい」

「そんなに気にしないで。俺なら全然気にしてないから」

「‥‥本当ですか?」

「本当です」

 そんなこんなありつつ喫茶店に入る。俺はコーヒー、フミは紅茶を飲んでいた。

「フミは学園のイベントに参加する方?」

「友達に誘われた時は参加しています。学園のイベントって思い付きが多くて、恥ずかしいことがあると遠慮していますが」

「そうかもね。俺は参加してる方だと思うけど」

「そうですか。できるだけ頑張りますが‥‥」

「ああ、いいよ、気を遣わなくても。参加したい時だけ参加すればいいんじゃない?」

「‥‥そうですね。私が参加する時は、康平くんも参加してくださいね」

「うん。分かった」

 それから、喫茶店を出て二人手を繋いで歩いた。街中から離れて、静かな公園を歩く。

「康平くんは、静かな場所は好きですか?」

「好きだよ。ゆっくりできるし。フミは静かに読書してそうだね」

「‥‥本が好きなので。でも、静かな場所で康平くんと一緒にいるのも、好きですよ」

 不意にそんなこと言うから可愛いんだよな〜。しかも照れながら。

「俺も好きだよ。フミと二人の時間」

「また、一緒にどこか出掛けましょうね。今度は、康平くんの行きたいところに」

「うん。約束」

 日が暮れてきた公園で、俺とフミは次のことを約束をして分かれた。初めてのデートは、俺とフミの距離が縮まった大事な時間だったと思う。

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あきゅろす。
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