「何者だ、と聞いている」
「……あ、あ、あ……え」
「なんだ、口が利けんのか」
「いえ、あの……」
脱ぎかけのTシャツを急いで着直して、顔を上げた。
そこまでは良かったんだが、そこからがやっぱり、俺には理解不可能で。
だってそこにいたのは、着陸したらしい恐竜に乗った、弁髪の男だったのだ。
弁髪。中国映画で何度か見たことがあるし、クラスの男子がほぼ全員、社会の教科書に載ってた弁髪男の額に「肉」と落書きしてた。もちろん俺も例外じゃない。
実物をこの目で見る日がくるとは思わなかった。しかも恐竜まで。どこまでいっても異世界なんだと、思い知る。
「面妖な格好をしているな。それにその髪……お前、どこから来た」
どっちがだ、と思いはしたが、これがスタンダードなら俺は確かに異分子だろう。つか、こいつ日本語喋ってるじゃねーか!この世界で日本語が使えるなんて、奇跡としか言いようがない。とりあえず、言葉の壁は無さそうで少しだけ安心した。
「あ、あの。俺、目が覚めたらこの原っぱにいて……よくわかんないんです、なんでここにいるのか、わかんないんですけど、その……」
「ハァン。お前、渡ってきたのか」
「わ、わたって?」
男が恐竜から飛び降りて、俺のそばに歩み寄る。顔は逆光ではっきりと見えないが、背がすごく高い。ずっと見上げてると首が痛くなってきそうだ。
「この『世界』の者じゃないのだろう。違うか?」
「っ!!」
「やはりな。さて、どうしたものか」
あっさり言い当てられて言葉も出ない俺には構わず、男はふむ、と腰に手を当てて思案し始める。男の声は、なぜか随分と楽しそうに聞こえた。しばらくして、男は俺のアゴを指でツイと持ち上げ、しげしげと顔を観察してから……ニィと口角を上げた。い、嫌な予感しかしない。
「よし、お前。俺が宮で飼ってやろう。ありがたく思えよ」
「え!? え、あの、飼うって……」
「俺が『鳥』を飼うくらい、どうってことなかろうよ」
「鳥……俺、人間ですけど……」
「渡ってきた人間は『鳥』と呼ばれるのだ。その美しさ故な」
「うつくしさ!?」
「お前は……まぁ、時には鵞鳥も混ざるのだな。史書に残しておこう」
男はニヤニヤ笑ったまま、さぁどうする、と手を差し出してきた。
ガチョウ……ガチョウって……醜いってことかよ。俺は不細工じゃなくて普通の顔だと自負してただけに、軽くショックだ。それに飼うってのも聞き捨てならない。俺は人間だし、せめて保護くらいにしてほしい。俺の人格を尊重しろ。
それでも、そんな失礼な男の手を握ってしまったのは。
この世界で初めて会えた人間に、見捨てられるのが、怖かったからだ。