How to go
流されるまま
 コウの言う通り、上品な紫の着物と袴みたいなズボンは誂えたかのようにぴったりだった。パンツはさすがに脱ぐのを拒否したのでそのまんまだが、新しい服は気持ちがいい。
 いくつか首飾りまで巻いてから、コウはちょっと離れた位置から俺を眺めて、満足げに頷いた。そ、そんなにいいもんじゃあないと思うんだけど……。

「よく似合うな。よし、では朝餉にするか」
「ごはんですか!」
「ああ」

 ようやく食事タイムになったらしい!喜ばしいことだ!
 うきうきしながらコウの次の行動を待ってみる。昨日の広間にでも向かうのかと思いきや、コウは俺の部屋のテーブルセット(ちなみに円形だ)に俺を促した。ああなんだ、この部屋で食うのか。
 あ、そういやー昨日のイシュウさんが言ってた『しもべ』とやらをお断りせねば。だっていくらなんでも、平成っ子……いや、一般家庭で育った俺に『しもべ』なんか付けられても恐れ多いだろ……!

「あの、コウ」
「なんだ」
「イシュウさんが昨日言ってたんだけど、俺、しもべとかいらないです」
「……何故だ? 居て困るものでもあるまい」
「えー困るって! ふつー困るだろ、常識的に考えて!」
「陽太。お前の常識を持ち出されても、俺には理解ができん。こちらの常識に従え」
「……そりゃ、そうかも知れないけど、ですね」
「それに、お前の言葉遣いは何だ。中途半端にするくらいなら、どちらかに徹底したらどうだ」

 な、なんだこいつ!えっらそうに!俺の気遣いを何だと思ってやがる!
 ……と、瞬間湯沸かし器のごとく一瞬で憤った俺だったが、コウにジロリと睨まれてあっという間にビビって鎮火してしまった……。いや、美形の睨みは怖ぇえんだって!ちくしょう、おかしな弁髪のくせに!
 言葉遣いに関しては……と考えてみる。学校の先生たちや祖父母にすら敬語を使っていなかった俺に、完璧な敬語が使えるわきゃない。なので、常日頃の俺を晒すことに決めた。さっきの怒りも手伝って、もうどうにでもなーれ☆という気分だ。コウがこの大陸の皇帝だろうが、地球人の俺には関係ない!

「つーか。ぶっちゃけ、気が重いんだよ」
「……」
「しもべってだってあれだろ、身の回りのお世話とかしちゃうんだろ。そんぐらい自分でできるっつーの」

 コウは俺の『言葉遣いの悪さ』に、驚いたのか呆れたのか……両方かもしれんが、目を見開いて無言で俺を見つめた。どうだ、まいったか、と何に張り合ってるのか自分でもわからないが、俺は満足してコウから一席開けたとこに腰を下ろした。しばらく勝者の余裕を漂わせながらじっとコウを眺めてたら、コウが流し目を寄越してから、口角を上げた。もしや、これがニヒルってやつか!

「……では、陽太。お前は朝餉も食堂まで毎朝取りに向かうわけだな?」
「え」
「時節に合った着物選びも、自分でできるのか。これは参った」
「……えーと」
「僕はいらぬと言うからには、行儀作法も完璧なのだろうなァ」
「…………」
「さすがは我が鳥。後世まで讃えてやろうよ」
「…………」

 あー。わかった。

「えーと……俺が悪かったです」
「いいか。飼ってやると言ったからには、俺の与えるものがお前の損になることは無い。嫌がらずに受け取れ」
「……へい」

 ちくしょう、生まれも育ちも庶民の俺に無茶言うんじゃねぇ!
 とは思いつつ、ふと、楽しんだもん勝ち、という言葉が頭に浮かんだ。そうだ、なに恐縮しちゃってんだ俺。どうせここはわけのわからない異世界なんだし。俺が『しもべ』を持っていたっていいじゃないか。わ〜俺ってポジティブ!

(よし……流されるままにやってみよう。どうせ、帰る日までの話だ)

 そうだ。地球に、日本に、家に帰れるその日まで。

「コウ」
「なんだ」
「あのさ、俺、お腹が空きすぎて死にそうなんだよ」
「……」
「しもべの件はわかったから、とりあえず、メシ」
「……」

 最大限の笑顔をたたえながら朝ご飯を要求した俺に、コウは今度は明らかにわかる呆れ顔を見せてから、そりゃもう深い深い溜め息を一つ吐いて。
 呆れを振り払うように苦笑して、手を二度打ち鳴らした。俺の待ち望んだ、食事開始の合図らしかった。

2:おれはなんだ

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あきゅろす。
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