つぐみは裏門から歩いて五分くらいの場所にある、コーヒーがやたら美味いカフェっつーか喫茶店だ。
俺は登校途中にここを見つけて、四月から週三くらいで通っている。しかし裏門利用者はそう多くないらしく、客はいつ行っても数人くらいしかいない。
小山田がつぐみを知っていたのは意外だったけど、知らない店に行くより随分気は楽だった。
ドアを引いて中を見回す。もう顔見知りになった店長さんが、ニコリと笑っていらっしゃい、と声をかけてきた。
「あ、あの、なんか、すっげぇイケメン来てないっすか」
「あはは、『すっげぇイケメン』ねぇ! うん、奥にいるよ」
「……ども。あ、俺、ブレンドで」
「はい、おっけ」
あ〜俺のバカ!すっげぇイケメンとか、どんな説明なんだよ!
自分を罵倒しながら、奥に向かう。二人がけの低いソファが向かい合ったその席は、俺がいつも陣取ってる特等席だった。表からは見えなくて、なんか秘密基地みたくなってるのだ。
ヒョイ、と覗き込んだら、小山田が優雅に足を組んで、新聞読みながらコーヒーを啜ってた。おお、改めて見てもやっぱ超絶美形だ……。
「ごめん、待たせた」
向かいに腰掛ける。新聞から目を上げた小山田が、いえいえ、とカップを置いて新聞を畳んだ。
「さっき、ごめんね。話の途中だったのにアイツらうるさかっただろ」
「いや〜別に、だいじょぶ」
「そっか。つーか俺、マチとゆっくり話したかったんだ」
「うん、サザエ描いて欲しいんだろ?」
そう言ったら、小山田はビックリしたみたいに目を見開いて、それから腹を抱えて爆笑した。
「はっ、あ、あの、さぁ…それ、本気で言ってるんだよね」
「え、違うの」
「あ〜、苦しい……話したいっつってんのに」
「だって話って……」
今、小山田が、サザエ以外で俺と話すことなんかあるんだろうか。その疑問は顔に出てたらしく、小山田は涙を拭いながら「サザエ描いて欲しいくらいでお茶に誘うかよ」と言った。
「まぁそれもそうだけど、さ」
「俺はさぁ、マチ」
マチ。
地元の駅から出てる電車の終点は、大井町駅だ。俺の真知という漢字がマチ、と読めるせいで、俺はしょっちゅうオオイマチとからかわれていた。その度にうんざりしてたのに、どうしてだろう。
小山田が呼ぶ、マチ、という響きは、なんだか悪くないな、と思う。
「もっと、マチと仲良くなりたいんだよ」
俺の、小山田と友達になれるかもって期待は、どうやら現実になったらしい。
それにしてもイケメンはすごい。何でもないはずの小山田の言葉に、俺の頬は熱くなってしまった。