あまい花

 あ、しまった。つるっと本音が……ま、いいか。

「そうかねぇ」
「うん、エイジくんかっこいーよ」
「……そうかね」

 小山田は言われ慣れてるはずなのに、ニヤニヤ笑いながら頬に手をあてた。えー……。なんだ、ちょっと引くわ。
 俺は得意のアルカイック・スマイルでアルバムに視線を戻し、パラパラとページを捲る。なんかほのぼの学校だなぁ。山に囲まれてみんなのびのびしてるのが写真からも窺える。お、これ修学旅行か。え、支笏湖ってことは北海道? 夏に? 何食うんだ? あ、小山田がジンギスカン食ってる。よだれかけみたいな前掛けすらもかっこよく見えるとは、イケメンって本当お得だよネ。

「マチ」
「ん〜?」
「これからもエイジくんって、呼んでください」
「え、そこなの?」

 名前呼びに二ヤついてたのかよこの人。やっぱ面白いと言うか、人とツボが違うよな。

「仲良しっぽくてすごくイイ感じじゃーん」
「じゃあ君もマサトモってちゃんと言えよな」
「それはダメ、マチの方が可愛いもん」
「もんって言うな! 俺ぁ、セクシーもキュートもどっちも求めてねぇよ!」
「あやや? ちょっと古くない?」

 うっせーボケ!と小山田の後頭部あたりにチョップを入れたら、余計ニヤニヤしだした。ダメだ、こいつも良知と一緒で、俺には御せない子だ。

「俺ね、マチと仲良くしたいって、言ったじゃん?」
「あー……うん」

 数日前、つぐみで、そう言われた。もっと仲良くなりたいんだと、言われた。その気になりゃ学校中の人間を手に入れることができそうなのに、俺みたいな平々凡々な男に声をかけてきた小山田。そこにどういう思惑があったのかなんて、俺は知らない。

「四月だったかな。偶然、つぐみの前通りかかってさ。俺ね、ああいう雰囲気の喫茶店って好きだから、入ってみたんだよ。そしたら、マチが、カウンターに座ってお絵描きしてた。店長さんのリクエストに応えてたのかなぁ、あれ。すげーすげーって絶賛されてたから、俺、すごく見たかったのに、見れなかったからさ。マチのことがどっかに引っかかってて。あの授業で、マチが前に座ってるのに気付いて、本当、興奮したんだよ」
「……な、なんだ、それ」

 そういえば四月の初めごろ、俺の落書きだらけのノートを見た店長に、ドラゴンボールの落書きを強請られた記憶がある。あれは世代を感じた……じゃなくて!
 あの時、小山田が同じ店内にいたのか。それで、俺に興味を持った、と。

 本当に、なんだそれ、だ。
 俺はてっきり、あの中国歴史の授業が初顔合わせだと思ってたのに。

 その前から、小山田は俺の存在を知っていたなんて。

「だから、エイジくんって、呼んでね」
「何が『だから』なんだよ……」

 そう突っ込みを入れた俺の声は、羞恥心から小さく震えてた。
 なんでこんなに恥ずかしい気持ちになるのか、俺にはさっぱりわからなかったけど。

4:ゆらゆら揺れる

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あきゅろす。
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