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 神威は動かない。動かず、ただ身構えているだけ。それだけだ、それだけの筈なのに。


「畜生……貴様っ!」


 漠然とした恐慌にゲイリーは二人に向け銃を連射する。だが神威は避ける素振りさえ見せない。


 高速で振られた二対の刃は易々と全ての弾丸を弾き、近くの軍団へと流れる形になった。

 流れ弾からその軍団が怯んだ隙に、神威は駆けていた。

 そう一瞬だった。神威が駆け抜けた背後の軍人達は、皆白目を剥いて倒れ伏してゆく。


 余りに速く、余りに流麗に描かれた双刀の銀の太刀筋。

 辛うじて目で追う事ができたのは、神威から注意を逸さないロアだけだった事だろう。


 数十人、正確には十八人の部下を一瞬にして半数失ったゲイリーには驚愕と戦慄が入り乱れ走る。


 それは同様に神威を取り巻く軍団にも伝染し広がっていた。


「ばっ化け物!」


「こいつ、銃が利かないのか!?」


「勝てねぇよ……こんなの……レギンレイヴじゃねぇと……」


 口々に叫び前線の仲間がやられた衝撃で尻込みし出した部下達に、軍団の総隊長であるゲイリーが叱咤する。


「弱気になるな!」


 戦意喪失し始めた逃げ腰の軍勢に、神威は構えは解かず厳しい眼差しのまま告げた。


「逃げる敵の背を斬る趣味は無い……どうされる? この喧嘩、ここまでか?」


「言ってろ! 糞ドレイク野郎!」


 憤怒で猛然と独り向かって来るゲイリーに、神威は微笑を零した。

 先程まで張り詰めさせていた厳粛な雰囲気も、その時に霧散させる。


「血の気の多いこって、まぁ、積極的な奴は嫌いじゃねーけどな。だがよ──」


 いつもの軽快な口調に戻すと僅かに腰を落とす。瞬間、神威は持ち前の抜群である脚力で既にゲイリーの間合いに入っていた。

 色違いの闇と灰の眼光が、驚愕に見開くゲイリーの双眼を貫く。


「せっかく死合うんだ。もっと楽しめよな?」


 刃を返し神威は渾身の力でゲイリーを袈裟斬りに打ち据えた。鈍い音が辺りに鳴り響き、余りの痛みにゲイリーは左肩を抑えてその場に蹲る。

 肩の骨が折れたか外れたか、いずれにせよそんなゲイリーの状態を斜視しながら神威は諭すように呟く。


「戦とは人の人生最期の華なり。祭りとも言えるな。だからこそ互いに楽しめなきゃ意味がねぇ。戦意のねぇ奴や、一時の感情で動く覚悟のねぇ中途半端な奴を斬る為に俺の『命』は使えねーよ」


「貴様……、一体何なんだ? ドレイクなのか、レギンレイヴか?」


 苦痛を耐え見上げるゲイリーに、見下ろす神威が首を緩く横に振る。


「最初に言ったろ、侍だ」


「………………フン」


 左肩からの痛苦のせいで嫌な冷や汗がゲイリーの額からは滲んでいた。同時に眼前の存在の危険性を強く再認識する。


「異常な身体能力……やはりドレイクに違いないか。総員! 」


 突如として神威の右手首を掴み、右足に縋りついたゲイリーは左肩を襲う痛みに苛まれながらも、不敵な笑みを浮かべる。続く言葉に神威は瞳を軽く見開いた。


「今すぐに俺ごと、このドレイク野郎を撃ち抜け!!」


 隊長のあるまじき無茶な命令に、あろう事か軍団には迷いがなかった。忠実に応えるべく包囲する全員が俊敏に引き金に手を掛ける。


 事態を黙視していたロアの琥珀の瞳が鋭利に細まった。

軍団の引き金が引き絞られ、無数の銃撃が神威とゲイリーに殺到し彼等を蹂躙する──事はなかった。


 原因は銃声に取って代わって周囲を支配した立て続けに響く雷鳴のような閃光と音。

 そしてその音源の正体に神威とゲイリーの瞳は釘付けとなっていた。


「なん……だ?」


「これは……神器だと!?」


 二人の驚愕の先には、鎖に貫かれた軍服の集団が地面に縫い止められていた。


 まるで操り人形のように身体中に糸の代わりに鎖を通された状態。銃口を神威とゲイリーに構えた姿勢のまま、その瞳孔は開ききっていた。



 宙へと抜けた細身の鎖は空間を歪ませその先に伸びているようであり、地面を貫く様と変わらずその先行方は知れない。


 周囲の異様な事態に神威は茫然としていたが、神威の拘束を解いていたゲイリーにはそれが誰の仕業か既に分かりきっていた。


 振り向き激昂に任せ吠える。


「ロア! 貴様っ!!」


 ゲイリーの視線の先、そこに麗人は静かに佇んでいた。

 しかし発している雰囲気が尋常ではない。

 凛乎とし闇夜に光る獣のように一つだけの琥珀の瞳が妖しく瞬いていた。

 その麗姿は絶世の美女である女神か、或いは破滅を呼び込む魔女のような倒錯感を見る者にもたらす。


 しかし、ゲイリーは惑わされなかった。否、身体を震わせる憤激が視覚よりも勝っていた。


「世界の秘宝、三柱の神器の一つであるグレイプニルをこのような事に使用するとは!!」


「案ずるな。血で神器を汚すわけにはいかないからな」


 衝撃。見るとゲイリーの胸を一条の鎖が貫通していた。その鎖の先はロアの突き出した掌に繋がっている。


「ぁ」


 僅かな呻きの後ゲイリーの瞳孔が開き、まるで首の据わらない赤子のようにカクンと無造作に垂れる。生気の失せたその様は、廃人同然だった。




 ロアが掌を軽く握り締めたと同時。ゲイリーそして、軍勢を縛めた鎖の束縛が一斉に解除された。


 ロアの瞳から放たれていた幻怪な光もこの時に消失する。そして浮き世離れした清麗さも去った。


 地に崩れ落ちた集団には目もくれず、ロア本人はそのまま背を向けさっさとその場を後にする。


 神威は惚けたようにその背を見送っていたが、不意に我に返ると両刀を納め慌ててロアの後を追う。


「ま、ちょっと待てよ、にーさん!! 本当にあいつら殺ったのか!?」


 追い付いて来る神威を一顧だにせず、ロアは進んで行く。




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あきゅろす。
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