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「いーえいえ、全っ然結構です! 俺、他に別仕事抱えてますし、彼には彼の人生があると思うので」
潔く清々するくらいきっぱり言い放つジェイナに、オルリビアは邪気の混る苦笑を漏らす。
「そう遠慮する事はない。罪人はここで必ず殺すが、その仲介役である君の方も我々には邪魔なのでね。どちらにせよ後々始末する手筈だった。ただ後日、事故死だったのが、これから変死体に変わるそれだけの話だ。何、こちらとしても手間が省けて一石二鳥だよ」
「…………えぇ!? 既に決定事項? 俺に拒否権は無い訳ですか!?」
オルリビアの返答に驚倒し茫然とするジェイナ。
同時にヴラスト組員の包囲網が徐々に狭まってくる。退路は断たれ二人は黒の群に完全に囲まれいた。
互いに背中合わせに追い詰めれていくジェイナとブラッド。
罪人の顔には余裕。相反し青年の顔には焦躁があった。
「何でいつもこうなるのさ? 俺無関係じゃん! 罪人のただのパシリなだけだろ!!」
「専属仲介屋ったら、厄介事も含めて一蓮托生って事なんじゃねぇの?」
誰にともなく不条理を叫ぶジェイナに、ブラッドは嫌味を忘れず付け足しておく。
そして血の渇いた長剣の柄を握り締めなおし、罪人は振り向きざまに呟いた。
「ディルガ──沈め。首が落ちるぞ」
「え?」
言葉の真意も掴めぬまま、横手からの鋭利な気配に咄嗟にジェイナは危機を察知しゃがみ込む。頭上に風圧。刃が紙一重の所でジェイナの髪を数本掠め通り過ぎて行く。
「──ッつ!? ブラッド殺す気かよ!?」
憤然と振り返った先には血飛沫があった。
旋回し終えたブラッドの周囲には、切断され凶器を握ったままの手首や二の腕の先。二人に接近し過ぎていた組員のものだと遅れてジェイナも理解する。
沸き起こる怒号と苦鳴。
それが戦闘開始合図となり、黒の軍団が一斉に二人に殺到する。
ブラッドは血の線を引く刃を携え跳躍。
先程斬りつけた組員一人の肩を踏み台にし、素早くヴラストの包囲網を抜ける。
「おい! 待てって!! 俺をここに置いてくの!? 一蓮托生なんだろ!?」
場の混乱に乗じ、組員の足元から這い出て辛うじて脱出を果たしていたジェイナが叫ぶ。
ヴラストの包囲網を逸早く抜け出たブラッドは集中狙撃対象となっていた。
降り注ぐ弾雨を駆け抜け、飛び、躱しながら罪人は叫び返す。
「一蓮托生でも運命共同体じゃあないんでな! そっちはそっちで勝手に遊べよ!」
そう捨て台詞を残し、黒の軍団と共に激しい銃撃音を引き連れ街角へと消えて行く。
傍若無人な紅の男の背を見送るジェイナの顔は唖然としていたが、不意にその相好はブラッドに対する不満と憤慨で崩れた。
「鬼ーーーーーー!!」
「……どうやら見捨てられたみたいだな?」
複数の殺気を背後で感じ取り、ジェイナは慌てて振り返る。
銃器や鈍器、鋭利な刃物を手にした黒背広の男達が不敵で暴力的な笑みを浮かべ佇んでいた。
ジェイナの顔が青ざめる。
殆どのヴラスト組員はブラッドを追撃して行ったが、それでも今この場には丸腰であるジェイナの手には余る程の人数が未だ残留していた。
「あの、俺っ! 知ってるとは思いますが、俺はギルド所属のただの仲介屋なんです! 血塗れの罪人専属と言っても依頼の橋渡しとかを罪人にできても、俺自身は全く頼りにならないんですよ。期待もできない程、普通。ましてや戦闘に関しては一般人を下回る程の貧弱さ。そんなつまんない奴を相手にしたって、皆様しょうがないですよ?」
冷や汗を掻きながら対面する組員達に諂い下手に出るジェイナ。しかし、内心では生存する為に冷静に状況を分析していた。
喋りながらさり気なく周囲を見渡し、逃走路を絞り込み確保。同時に敵陣を観察。
敵の数は十二名。その中で銃器を持つ者が四名。
なら、銃器を持つ者達が固まる逆方向へと抜ける事さえできれば──
ジェイナが逃走への手順と道筋を脳裏で着々組み立てている最中。不意にだが、オルリビアの姿が全く見当たらない事に気付く。
あいつも、ブラッドを追って行ったのか?
疑惑の思考に囚われた瞬間、予期せぬ重い衝撃が襲った。
頬を強かに打たれ、その衝撃の勢いでジェイナは体勢を崩し、その場に派手に転倒する。
口腔で鉄の味が拡がった。
「っつ〜」
熱を持つ頬を抑えよろめきながら起き上がると、拳を突き出した状態の男と目が合う。男が嘲笑する。
「つべこべ言ってねぇで、死ねや」
再度反対の腕から振り下ろされた拳を咄嗟に躱し、ジェイナは後退る。
「わ!わ! 暴力反対! 人類皆兄弟でしょう!? 」
「古いキャッチコピーなフレーズ使ってんじゃねぇ!! なめてんのかぁ!!」
別の男が怒声を張り上げて突進。手にした長剣を連続して突き出してゆく。即座に横転し回避したジェイナの背後には、大槌を振り上げた巨漢の影。
振り返らず勘で後転。巨漢の股下を潜り抜け、先程までジェイナが居た場には地響きと共に石畳が破砕される。
後転の次に瞬時に立ち、更に後方へと大きく距離を取っていたジェイナ。その瞳は巨漢が穿ったコンクリの破壊跡に注がれており、思わず生唾を呑む。
ジェイナを囲む組員達の掌に得物は既に握られ、全員が臨戦態勢に入っていた。
「うわぁ! ストップストップ! 俺苦手なんだってこういうの! 戦闘は専門外だって──」
「じゃあ死ね!!」
「ちょっと!人の話は最後まで聞けって!!」
銃器を構えた男の手が引き金に掛るのを見て、ジェイナは迷わず一目散に組員の群の中央に駆け出した。
驚愕する組員達、しかし標的が自ら向かって来た事に損は無い。
ジェイナの中央突破と見せかけた動きの裏の思惑を、まだ誰も見破れてはいなかった。
青年に自然と零れた達成者の笑み。
待構える組員達の目前で、ジェイナは唐突に横手へと進路転換した。
銃撃部隊が追撃しようとするが、仲間が丁度標的との間で壁となり発砲できない。
銃撃部隊の逡巡の間。
ジェイナは投擲される短剣を躱し、振り抜かれた鎚を跳躍し飛び越し前転。その身は無事に街路の大通りから路地裏に入り込む。
前転から路地を駆け出し、両手はしっかりとガッツポーズを作っていた。
「よし! 後は逃げ切るだけっ!!」
あまりの鮮やかな身軽さと、見事な逃げ足の速度に茫然とする組員達。だがすぐに我に返るとジェイナが入った路地からの追跡を開始する。
「逃がすんじゃねぇー! 追え追え!!」
背後から響く雄叫びに、必死に逃走するジェイナの表情は既に泣きそうだった。
「もー、俺は何もしてないのに! これも全部あいつのせいだ。馬鹿ブラッドの大馬鹿野郎ー!!」
青年の悲痛な叫喚は、路地裏に新たに放たれ続ける銃撃音により掻き消されていった。
闇迫る天外、その真下建設途中ビルの地下駐車場。
反響する多数の靴音。そして苛烈な銃声音の嵐が吹き荒れていた。
銃撃の渦中。支柱を盾に背を預けているのはブラッドだった。
紅の髪、紅の瞳。そして服装に纏った真紅の返り血。
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