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Hot pursuit



 街路の大通りに出た途端、二人を出迎えたのは黒背広の軍団だった。

 退路を断つように二人を囲っている。まるで予め配置されていたかのような仰々しい団体。ほぼ全員が凶器の得物を持ち、それらを掌の中で持て余している。漂わせる雰囲気は威圧的。視線は敵意と殺意に満ちていた。


 ブラッドは無表情。ジェイナは無表情から一転、頬を引きつらせながら隣りに居るブラッドの方をぎごちなく見やる。


「何この人達? 何この状況? ……ブラッド君!?」


「俺に振るな、相手に聞け」


 説明を求めるジェイナを面倒臭そうな面持ちで軽く一蹴するブラッド。

 戸惑うジェイナ、泰然とするブラッドをよそに、黒背広の軍団の中から一人の中肉中背の男が歩み出て来る。

 黒髪黒瞳の青白い顔で不健康そうな中年男だった。

 男の歩は二人と一定距離を保ち押し止まる。


「最高に嫌な予感がする……あの時の逃げてた人達ヴラストの組員だったんじゃ? って事は、いや、もしかしなくてもこれって──」


 不健康そうな男が、対峙するブラッドとジェイナを静かに見比べる。

 暫くして僅かに双眸を細めブラッドへと視線を定めた。


「ギルドの血塗れの罪人ってのはお前か? 名は伊達ではないようだな」


 男の言葉に先に反応したのはジェイナだった。


「やっぱり! 間違いなく君が原因だし!」


 両掌で顔を覆って嘆くジェイナに、ブラッドは愉快そうにそれでいて皮肉げに呟く。


「お前の勘、当たったな。獣の本能ってやつか? 良かったな」


「嬉しくない!!」


「騒ぐなよ。今度からは後で増援呼ばれたりしねぇよう、ちゃんと全員皆殺しにするからよ」


 ブラッドの零す何処か喜々とした笑みに何故か違和感を覚え、ジェイナは胡乱げに彼を見据える。

 そして唐突に気付いた。

 ブラッド程のSS級傭兵が、殲滅の任務を仕損じる確率は極端に低い。

 ましてや極度の人間嫌いである罪人が、標的を見逃す事自体まず有り得ないのだ。


「君、あの時! まさか、まさか、わざと組員達を逃がしてたって訳!?」


「海老で鯛を釣るってやつだ。現に良い撒き餌だったろ?」


 察しが良いジェイナに、肯定の笑みで応えるブラッド。普段は温厚な青年が、罪人に対し責める眼差しをしていた。


「なんでそんな馬鹿な事したのさ? 余計な面倒事を増やしただけだろ!? 俺までまた巻き込んで!」


「どうせ殲滅するなら組織毎潰す方が手っ取り早くていいじゃねぇか。チマチマ殺るのは俺の性には合わねぇし、何より──」


 ブラッドは手にした長剣を軽く回転させた。ただ回転させただけなのだが、その滑らかな一連の動作は華麗な剣舞のようにも見える。

 周囲の組員を触発させるよう、その刃の切っ先を目前の不健康そうな男へ挑発的に構えた。


「大勢殺れば、それだけ俺の気分が晴れる」


 ブラッドの口元には既に凶悪で獰猛な笑みが広がっている。


 闘争と虐殺の予感が、彼の内にある憎悪の鎌首を徐々に擡げさせ始めていた。


 不満そうな顔をしたジェイナが口を挟む前に続ける。


「それにてめぇにだって損はねぇだろ? そろそろ限界だろうからな」


 ブラッドの意味深な言葉にジェイナは、悔しげに唇を噛み締めるだけだった。


「さて、もう話は済んだのかね?」


 二人のやり取りに別段気を害した様子もなく、目前の男は続けた。


「まずはこちらの自己紹介でもしておこう。私の名はオルリビア・バロウだ。組織ヴラストの現司令代理を預かっている。単刀直入に要件からいこうか、罪人。我々ヴラストが今日こちらに赴いた事由は君の命を貰う為だ」


「ハッ、物好きだな、あんたも。わざわざ殺されに大勢でご苦労なこって」


 あくまで挑発的な態度を取り続けるブラッド。

 周囲のヴラスト組員等の突き刺さるような殺気に、ジェイナの肩は否応なしに縮こまる。

 ジェイナは非難めいた視線を送るが、罪人は取り合わない。


「何、一応君のSS級という称号に敬意を示しての適正な人員だ。そして勿論ただで命を奪うとは言わない。我々の有益な取引先相手への妨害や組織人員削減に、これまで関与している君にはそれなりの待遇をこちらで特別に用意させて貰った。司令の意向で死ぬ前に、十二分にそれらを堪能してから逝って頂こうというのが親切な私の所存だ」


 オルリビアは冷然たる残虐な笑みを浮かべる。対しジェイナの表情は漠然とした不安と嫌悪で曇っていた。


「ブラッド、ヴラスト・ファミリーのやり口は最悪に悪趣味だよ」


 噂にせよ情報屋から仕入れるネタにせよ双方耳にする話では、特に組織内部での粛清や拷問に関し悪評が濃い。ましてや組織を敵に回した報復対象者などは論外だ。

 余りの非人道的尋問・拷問で狂死するか廃人となるかの二択しかないという。

 その事実を耳打ちすると、ブラッドは興味深いように不敵な笑みを深める。


「いいね! そりゃ楽しみだ。ま、使いっ走りの人数合わせな、てめぇらごときにできればの話だけどな」


「その威勢、どこまで持つか見物だな」


 互いに敵意を惜しみなく剥き出しにし、場の空気が軋んでゆく。緊張感が張り詰め戦闘の気配が高まる中、その出鼻を挫いたのはジェイナだった。


「あの〜、俺、善良無害な一般市民なんで始める前に避難していいですかぁ?」


 挙手し、ジェイナはその場で宣言するかのように間延びした声を大にし呼び掛ける。


 ブラッドは戦闘意欲に水を差されたよう舌打ちし、周囲は瞬時呆気に取られ、そしてオルリビアは薄く無機的に笑った。


「君の事もこちらで調べがついてる。ジェイナ・ディルガ……そこの罪人の専属仲介屋だそうだな。ならば辿る末路は最期まで、彼と共にしてやろうとは思わないか?」


 オルリビアの提案に、即座に首を真横に振るジェイナ。




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あきゅろす。
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