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「した訳じゃねぇ、させたんだ」


 ブラッドの屁理屈に困ったような笑みを浮かべ、頬を掻くジェイナ。


「治しなよ、その悪癖。強い癖に、君は戦闘の度にわざと手傷を増やすんだから」


「うるせぇよ、俺の勝手だろうが」


 ジェイナの気遣いを疎ましく思い、鋭く睨むブラッド。ジェイナは軽く肩を竦めただけ。


「それよりディルガ、人の事よりてめぇこそ少しはまともな仕事したらどうだ? こいつら弱すぎて話にならねぇよ」


 周囲の亡骸を示唆し、退屈そうに呟いたブラッド。

 遺体を眺めるその瞳は、まるで路傍の塵でも見下すかのように冷淡だった。


「だから加減しろって言ってんじゃん。ブラッド、君が強すぎるんだから」


 ギルドに所属する人間にはそれぞれに階級があり、そのランクによって実力が問われる。

 SS,S,A,B,C,Dこのクラス分けは賞金首や暗殺者にも当てはまるものであり、ランクが高ければ高い程その者の強さを示す。

 一般にある程度の実力のある通常の傭兵をB級とすれば、その更に上のクラスはどれ程常人離れしているか分かるだろう。S級以上は最早超人の域であり、SS級等はその更に上を凌ぐ強さ。

 SS級であるブラッドにB級の傭兵や、いかに黒社会の犯罪組織の一団体といえども敵うはずもないのが現実だった。


「貴重なギルドのSS級の凄腕なんだから、もうちょっと穏便に片付けてよ。後処理する俺の身にもなってさぁ。最近警察にも睨まれ出してるんだし」


「フン、てめぇなんぞその傭兵にたかるハイエナ風情じゃねぇか。偉そうな口叩くんじゃねぇよ」


「ハハー、んなハッキリ言う訳? 本当良い性格してるよ」


 ブラッドの揶揄を苦笑混りで受けるジェイナ。

 普段から慣れているのか、罪人から発せられる悪罵や皮肉にも青年は応えていない涼しい顔付きだった。


「何かマシな新情報はねぇのか? 最近こんな本当下らねぇ仕事ばっかだろうが。俺専属の仲介屋ならそれなりに働けよ」


「んな事言ったって仕方ないだろー? 俺だって何もしてない訳じゃないしさ。荒事専門の君には悪いけどこの街じゃ犯罪組織の制圧より、そいつらからの護衛の方がよっぽど稼げるって。大体前者は一度首突っ込むと後々、後引くからねー、面倒臭いよ。下手するとこの間みたいに繋ぎ役の俺までとばっちり。ちょー迷惑」


 前々回の依頼での苦い一件を思い返して辟易するジェイナに、ブラッドはどうでもいいように吐き捨てる。


「んなの知るか。勝手に迷惑してろ」


「うわー、遂に出ましたー。いつもの自己中発言。はい、ブラッド君、最っ低」


 おどけた途端、瞬時にブラッドから物凄い斜視を受け、ジェイナは話題を慌てて切り変える。


「新情報って言ってもねぇ……今、有名なのは銀狼の懸賞額が以前にも増して跳ね上がった事くらい──かな?」


「銀狼? 何だそりゃ?」


 ブラッドの発言にジェイナは一瞬固まった。自分の耳を疑ってみるが、眼前の怪訝そうにしている紅髪の男を目にして盛大に溜息をつく。


「……君さー、もうちょっと世界情勢に目を向けようよ。新聞とか読んでる? 誰でも知ってる事だろ、これって?」


「俺は知らねぇんだよ、いいから早く教えろ」


 額を押さえ唸るジェイナの脛を軽く足蹴にし、先を促す。蹴られた本人は眉根を僅かに寄せ迷惑そうにブラッドを正視する。一息置き、話出した。


「最強にして最悪、冷酷非道の伝説の暗殺者だよ。今現在、世界最高額の賞金首でもある。銀髪銀瞳のその外見・残虐非道な手口からそう言う通り名が付けられたらしい。噂じゃ十数年前に一夜にして壊滅した今の北陸にある廃都バドリスの虐殺事件は彼の仕業らしいよ。銀狼は君と同じSS級の腕、いや下手したらその更に上をいくかもね。なんせ銀狼の絶対無敵伝説や、噂だけならそれこそ山程あるから」


「で? 今、肝心のそいつは何処に居るんだ? 」


 ブラッドの問いにジェイナは首を捻る。彼の脳裏では思案に次ぎ諦念がよぎり、そして最後は残念そうに微苦笑した。


「それが分かったら誰も苦労しないよ。正直実在するかも定かじゃないんだ。実際に賞金は懸けられてるんだけどさ、ここ最近流れた銀狼の情報は死亡説だったしね。誰も銀狼の本当の姿を見ていないし、知らない。居場所すら不明だ」


 お手上げといったように手を掲げたジェイナを、ブラッドは半眼で見据える。


「なら、意味ねぇじゃねぇか」


 笑って誤魔化すジェイナを軽侮そうに一瞥し、宙を仰ぐ。


 虚空は鮮麗な橙の色彩から深い闇へと墜ちようとしている。夕陽の日射に眩しそうに眼を細め、ブラッドの唇は無意識の内に心情を吐露していた。


「最強の暗殺者であり虐殺者、銀狼ね……居るなら殺り合いたいもんだ」


 近頃の手応えが無い依頼や雑魚敵の相手ばかりで、飽きがきていたブラッドは強敵の存在を渇望していた。


 斬って斬られて、殺し殺される。そういう闘いがしたい。また、そんな戦闘でなければ戦闘の意味がない。



 自らが望む【奴等】との再会までに、闘争の腕は絶対に落とせないからだ。



 ──その為だけに、今を、そして自分はここに、この世界に在るのだから。










「俺は反対だね」


 射抜くような紅の眼差しと馳せた思考を、天から地に引き戻したのはジェイナの何気無い一言だった。


 ジェイナは後頭部に両手を回し、先程までブラッドが見つめていた残照を眺めていた。


 浅葱の瞳にはビル群の狭間に消えゆく小さな太陽の姿が映し出されている。


「実在するにせよしないにせよ。そんな化け物じみた暗殺者と君との、とばっちり食らうのはごめんだよ。それに、もしそれで君に死なれでもしたらこっちは商売上がったりなんでね」


 二人の視線が絡み、外される。


 ブラッドは苦笑混りに、血塗れの街路を踏み締め歩き出す。


「へっ……負け犬が」


「何とでもお好きにどーぞ。俺は平和主義者なの」


「よく言うぜ、てめぇの方が──おい、ディルガ?」


 着いて来る気配を感じず、振り返ると背後のジェイナが石畳の上に静かに蹲っていた。


 少し蒼白な表情で震える片手で口元を覆っている。浅葱の瞳は街路の血の海に浸る遺骸を真っ直ぐに見つめていた。


「なんだそろそろか? なら丁度都合がいいな。俺は別に構わないぜ」


 心配する素振りさえ見せずに超然とした態度をとるブラッドは、ジェイナの唐突な変調の理由を理解しているようだった。


 ジェイナは遺骸から目は離さずに、力無く首を横に振る。


「……いいよ、やめとく」


「痩せ我慢すると後でボロが出るんじゃねぇか?」


「知ってるだろ? 俺だって好きでやってる訳じゃないんだ……大丈夫だよ」


「そうかよ」


 鼻先で笑い、ブラッドは助け起こす気もないのか、ジェイナに背を向け歩き出してゆく。

 青年は若干、名残惜しそうに無理矢理、死骸から浅葱の視線を外す。次に微かに乱れていた呼吸を整える。


 そして先行くその血塗れた赤い背を目で追い、数秒出遅れてから罪人の後へ続いて行った。





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