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 真紅の悲劇会場。
 流血の独断舞台に独り立ち尽くす、猛る狂気と憎悪を内に秘める罪人。


 そんなブラッドに、今の今までその様子を傍観視していた青年は実に平然と声を掛けていた。


「ねぇ君はさ、加減ってもんを知らないの?」


 そう話掛けながら凶器を所持するブラッドの元へと進んで行く。周囲の悲惨な状態やブラッドに対する恐れは抱かないのか、鶯色の髪の青年は躊躇する事も臆面も見せずに悠然としていた。

 ブラッドはというと彼をその瞳に認めると、予め気付いていたのか、驚きはせず代わりに露骨に顔をしかめた。


「あ? うっせぇよ、ディルガ」


 どうやら二人は知り合いらしい。

 ディルガと呼ばれた鶯色の髪の青年は、ブラッドのいつもの悪態に肩を竦めるだけに留める。


 血塗れの罪人の異名を持つ傭兵ブラッド。

 その罪人の専属仲介屋であるジェイナ・ディルガ。


 彼等は共に、この街アナシアのギルドに所属する者達だ。


 ギルドとは傭兵達による同業組合であり、実は大陸の各街にギルドは点在する。

 ギルド本来の役割は主に街の警備や自治警察団体への協力であったが、近年その傾向は廃れ街の保安を警察団、犯罪者等の取り締まりをギルドが負うようになっていた。

 とはいえ、ギルドは元は自由気儘な傭兵達の集まりであり彼等は彼等なりの目的を持ちギルドに所属している。

 賞金首の討伐・依頼者には依頼料の請求等、個人の生計利益や営利目的を優先している者が実質的には多数を占めるという事だ。

 この点が自治警察団とギルドの大きな差異といえる。

 警察等は世界政府の命により街を守り、ギルドは個々の利益目的の為に名目上犯罪者を取り締まりそれら個人は別に自由様々な依頼を受ける訳だ。


 ジェイナは何気無く、先程ブラッドの兇刃に沈んだ哀れな死骸を一瞥する。


「因みに今さっきの質問、地獄だったら彼どういう死に方だった訳?」


 ブラッドが最初から殺害する気があるのは明白だった。

重層な殺意と憎悪の圧力を間近で浴びた男。だからこそ、諦観し自らの運命を悟り逃走しなかったのだろう。

 ならあの、選択自体無意味な問いを何故する必要があったのか?


 ひとまずの疑問を胸中に納めて尋ねたジェイナに、ブラッドは酷薄な笑みを浮かべた。


「小指から始めて全部両指へし折って、その後に片足潰して最後は喉笛にコイツをくれてやる予定だった……勿論、抜く時は強く捻ってな」


 長剣の刃を自身の眼前の高さまで翳すブラッド。無慈悲な返答にジェイナは抑揚のない声調で応じる。


「わー、怖いなぁブラッド。そこまでする必要ないじゃん」


「何でだよ? 殺しに来る相手を殺すのは別に構わないだろうが」


「正当防衛にしたって、ちょっとそれはね……普通にやり過ぎ? 戦意喪失した段階でたまには見逃してあげるとかさ。こいつらだって何処かの雇われ傭兵だろうし、一応同業者だ。可哀相だろ?」


「可哀相?」


 燃える様な真紅の瞳が激烈な感情のままにジェイナを見据えた。


 瞬間、ジェイナは自らが侵した軽率な発言だった失態に胸中で舌打ちした。しかし時は既に遅い。


 やば、ブラッド君の地雷踏んじゃったよ。


「こいつらが? ハッ、こいつらの何処がだ?」


 深い憎悪にたぎる業火の双眸に相反し、口元は緩やかな弧を描いていた。周辺に転がる切断された手近な死骸の一部を容赦なく踏みにじり、静かな、しかし怒気に染まった怨恨を吐く。


「死んで当然なんだよ。人間なんてな」


 まるでジェイナ自身を最大の怨敵のように睥睨するブラッドに、彼は両手を軽く上げ吐息をつく。


「ごめん、そんな怒らないでよ。別に彼等を擁護する訳で言ったんじゃないんだから」


 不機嫌そうに鼻を鳴らしそれ以上は噛み付いてこないブラッドに、ジェイナは苦笑するしかない。



 極端な程の人間嫌いのブラッドには幾つかの禁句がある。

 それを知ってはいるのだがジェイナ自身の性格上、時折意図せず口にしてしまう。

 ブラッドに対する彼の付き合い自体は、そんなに短くもないが長い訳でもない。


 では何故、酷く人間嫌いのブラッドがジェイナとは普通に接するのか?


 まず同業者だからという理由は当てはまらない。現にブラッドは先程、同業者である傭兵達を惨殺している。

 ジェイナが自分の専属仲介屋だからという理由も皆無だ。人に対し殺意を覚える程憎む、人間嫌いの彼には役職など無関係でまるで意味がない。


 では何故か? 答えは至極簡潔だ。

 彼等にはただ単に互いに共通する部分があっただけ。とはいえ、それも全く同じという事ではなく、彼等自身にとっては掠る程度の様な微々たるものだ。


 だがそれでもそれだけでも、その共通点のおかげで罪人がジェイナに僅かでも気を許している。そういっても過言ではなかった。


 吐息を落とし、不意にジェイナは何かに勘づいたようにブラッドへと歩み寄る。不審そうに青年を見やる罪人。

 ジェイナは疑問の表情のまま、口にする。


「君さ、もしかしてまた怪我した?」


 全身血塗れたブラッドの外見。第三者から現段階の彼を見て傷害の有無は発見しにくい。

 しかしジェイナは、ブラッドが傷を負っている事に何故か気付いたようだ。

 目敏いジェイナに対し、眉間に皺を寄せブラッドは視線を逸らした。




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あきゅろす。
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